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たとへば君

ファイル 190-1.jpg著者 河野裕子 永田和宏
出版社 文藝春秋

四十年の恋歌 と副題がついているこれは、ともに歌人である夫婦、妻・河野裕子は乳がんの再発により平成22年8月死去。夫によって編まれた、40年にわたる二人の相聞歌、エッセー。タイトルは、

たとへば君 ガサッと落ち葉をすくふやうに 私をさらって行ってはくれぬか

という、妻21歳、二人の出会いのころの歌から。

きまぐれに抱きあげてみる きみに棲む炎の重さを測るかたちに  (永田和宏)
君をすこしわかりかけてくれば男と言ふものがだんだんわからなくなる(河野裕子)
「私が死んだらあなたは風呂で溺死する」そうだろうきっと酒に溺れて(永田)
真一文字に切られしむねをあはれめど君は言はずも湯をかけくるる(河野)
ポケットに手を引き入れて歩みいつ嫌なのだ君が先に死ぬなど(永田)
乗り継ぎの電車待つ間のじかんほどのこの世の時間に行き会ひし君(河野)

ランダムに拾ってならべてみたこんな歌たち、そして
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(河野)
あほやなあと笑いのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがいない(永田)

夫・永田氏の後書きに、最近、私は次のような一首を作った、とあって

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ


感想文、というものが書けなかった、ので、いくつかの歌を紹介するだけで終わります。テレビでも見た人がいるでしょう。最後まで、暗い夜中にティッシュの箱を手繰り寄せて書いたらしい歌、など。
夫婦と、子供たちも歌人である家族、この濃密な、想いのあり方。

BOOK
comment(0) 2011.08.22 13:09

彼女について

ファイル 188-1.jpg著者 よしもとばなな
文春文庫

久しぶりに読むばななさん。しばしば身近な誰かの死ということが根幹にあって、そこから始まる、が。カルトな雰囲気もばななさんの作品には珍しいことではない、が。
なにしろ亡くなったママは魔女だったという。ママと双子のおばさんと、ある日を境に会わなくなり、いとこの昇一とも会わなくなった。そのいとこが訪ねてくる。おばさんは、“私はお姉さんとは縁を切ったけれど、由美子ちゃんのことはドロドロした世界から助けてあげられなかった、あの子を助けてあげて”と遺言に残したというのだ。

成人している(と思われる)由美子ちゃんは、なぜかそこそこ周りに恵まれ、お金をくれる元ボーイフレンド(イタリア人かもしれない)がいたりする。地に足が付いている生活ぶりでは無い。

魔女だった母からかけられたと思われる呪いを解くために、昇一と過去をたどる旅に出る。

ずるいよ、ちょっと、と、いう仕掛けが、最後に現れるのだが、それを言っちゃあ・・・なので。まあ、ファンタジーな仕掛け。

ばななさんは子どものころに目が悪くて、治療のために全く見えない状態で過ごした時期があるという。そのせいか?或いは彼女の両親の結婚にまつわることのせいか?何か深く心に傷を負う事態があったようだ。実際に文庫版後書きにもそれらしいことが書いてある。
なにか絶望の淵のようなところにいて、だからこそ淡々と生きていて、というシチュエーションでしばしば描かれるように思う。

ある種の、再生の、物語。

BOOK
comment(0) 2011.07.29 13:00

テンペスト

ファイル 186-1.jpg著者 池上永一
角川文庫

はあーここまで滅茶苦茶な・・・。

19世紀琉球王国末期、一人の娘が生まれました。誰よりも聡明で向学心あふれるその娘(真鶴)は、男装して孫寧温と名乗り、学問を修め、役人になります。絢爛たる王宮というものは古今東西伏魔殿と決まっており・・・。

池上永一と言う人の作品を読んでみたいと思っておりましたさ。NHKBSドラマを見たらちょっと面白そうで、手に取りました。
…この人どうやって小説を書いているのかな?時代設定して登場人物を決めて、あとは勢いでダーッと書き進めていって、気が付いたらつじつま合わないけどまあいいや、なんとか前後を合わせよう、とかなんとか、してらっしゃいませんか?
気味の悪い宦官はあっけなくいなくなるし(蛇の化身じゃなかったんかい)、龍は?その玉の威力は?ぶつぶつ、ぶつぶつ。

なんだってそんな中途半端なファンタジー度になっちゃうんだよー、と、文句を言いつつ、まあ荒唐無稽な話は、嫌いじゃない、マンガの原本?マンガは、嫌いじゃない、その上、宝塚、韓国ドラマがお好きなら、はまるでしょう。私は宝塚や韓国ドラマはさほど好みではございませんが(なんかありますよね、似たような時代物ドラマ)、ばんばんぶん回されて一息に読みました。
それにしても、王様の側室の台詞が“真美那、泣いちゃう”ですからね、ライトノベルならライトノベルと言えよ!違うんかい、ぶつぶつ。

ではございますが、琉球の歴史、清国と琉球、清国と薩摩、学べます。そういうことだったか、と。

原田芳雄さんが深刻な病であるようだと知り、彼と同じ年の知人女性が亡くなったことを知り、そしてその二日後には原田芳雄さんの訃報、という日々に読み進むにはこのまことにいい加減な荒唐無稽さ、軽さは、救いでもありましたよ。

BOOK
comment(0) 2011.07.21 00:00

ジェノサイド

ファイル 183-1.jpg著者 高野和明
出版社 角川書店

genocide 一般には大量虐殺の意味に使われますが、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89を参照してください。

プロローグでバーンズと言う戦争したがりのアメリカ大統領が出てくる。これがコイズミさんと仲が良かったBッシュがモデルであることは明らか。
そして、アフリカである任務を遂行すると大金を得られることになっている、日本人一人を含む傭兵4人。
父の急死、その死後に父からの不可解なメールを受け取り、指示どおりに動くこととなる日本人大学院生、古賀研人。

全く別の場所で、ハインズマンレポートというものと、ある難病(傭兵の一人の息子が今その病で死に瀕している)と新薬開発、人類の進化、そして、父と息子の関係・・・が、それぞれの立場で絡んで、進行していく。

たとえば今、中国が海の領域を広げようとして日本ともベトナム辺りとも争っている。中華思想=中国が世界の中心である意識を、経済発達とともにどんどん増大化しているようだ。中国からのハッキング行為も、しばしばニュースになる。が、アメリカという国が、世界の警察(誰が決めたんだ?)として正義の名のもとに何を行っているか、その裏に何があるか?
あるかもしれない・・・。

帯で、北上次郎が絶賛していたので、北上次郎に外れ無し!と信じている私はそのままレジへ。この作家知らなかったけど、壮大なスケールで、すごい。まさか薬学部出身だったりしないよね、と思ってちょっと調べたら、もともと映画監督志望だったようだ。なるほど。ハリウッドサイズの、物語。ハリウッドが自国に刃を向けられるなら。

BOOK
comment(2) 2011.07.06 12:41

すばらしい新世界

ファイル 181-1.jpg著者 池澤夏樹
中公文庫

4月に紹介した『光の指で触れよ』の家族の、その数年前の物語。
私は読む順序が逆になりましたが、2000年に単行本が出版されていると言うのに、まことに現在の日本に向けたかのようなお話。

夫・林太郎は、原発にも関わっているような(つまり日立・東芝だな)会社で風力発電の開発に携わっている。妻・アユミは、学生時代はインド哲学をかじったが、今は環境系のNGOで仕事をしている。ちょうど、節電用の機器(使っている電量がデジタル表示されるもの)の普及という仕事からの誘いがかかったところである。

アユミの友人からの依頼に始まり、ネパールの山の中のナムリン(架空の国名です)で、発電に使う小型風車設置のためネパールへ向かうこととなる林太郎。

カトマンドゥーと発音するのね、と、大昔atconさんからもらった葉書で知ったのでしたよ。ポカラという地名もそれで。もっともっと山の中の、たどり着くに馬に乗ったりしなければならない場所、いわゆる秘境の話ですが、ネパールに行ったことのある人にはより面白いでしょう。

ちょうど東海村臨界事故の後という時代に書かれている。私はその時東京にいて、茨城の友人と会う約束をしていた。そのただなかに起こった事故で、友人は屋内退避しなければならなかった。…でもそれは数日でおさまったのだ。2011,3,11以後の今は、その規模をはるかに超えた放射性物質が存在している。微量とは言え、鹿児島産のお茶にもセシウムが含まれていたほどに。

日本の開発援助が、しばしば現地のお荷物になっている問題、NGOの名を借りてあやしげなことが行われるケース、民族問題、宗教、などさまざまな内容を含んでいる。

続編『光の指で触れよ』につながるエピソードもいくつか。林太郎は現地の神に気に入られてしまい、そこを離れられなくなって、小学生の息子が迎えに行くこととなるのだが、女神の化身?ナジマと無上瑜伽タントラ体験をする(ごく平たく言うと無上の性体験です)という経緯がある。続編のアユミのタントラ体験につながることを、初めから考えていた?かどうかわからにけれど。

今となっては、この小説でおもにアユミによって語られる環境問題はまだ日本にとっては人ごとだったようにも思うし、政治家の選挙運動を広告パブリシティのようだと絶望しているのも、まだ甘い気がする。が、時に小説が現実を先取りする例の一つである。

タイトル“すばらしい新世界”は、オルダス・ハックスリーによる1932年発表のSF小説からとられている。それこそ未来予見している作品のようだが、未読。

BOOK
comment(0) 2011.06.13 09:34

かもめ食堂

ファイル 180-1.jpg著者 群ようこ
幻冬舎文庫

映画『かもめ食堂』は、大好きな映画だった。私にとってその年の日本映画第一位の作品だったはず。この欄でも紹介済み。
その原作のほうです。

ヘルシンキの街中でかもめ食堂(ruokala lokki)と言う食堂をやっている日本人の女の子(フィンランド人にはそう見えるが実は38才)サチエがいて、だーれも客が入っていない、でもサチエはいつも皿や店をみがいている。ある日、日本オタクの男の子がやってきて常連となる。
その男の子がガッチャマンの歌詞を知りたいという。
映画を見ながら、誰だ、誰だ、誰だー空の彼方に…なんだっけ?なんだっけ?いつも夜中の再放送を見てたのにい、と思ったものだ。
で、まあ偶然日本人らしい旅行客に話しかけ、ガッチャマンの歌知ってますか?で、知っていたのがミドリさんで、その後たまたま店に入ってきたマサコさんがいて、その二人も店を手伝うようになり、ただウインドウの外から眺めていた地元の人々も次第に食堂の客になっていく。

なんというほども無いが絶妙におかしい運びはもちろん映画と同じなのだが、なーんとそうだったのか、という、背景が、本を読むとわかるのだよ。なんと、サチエさんは日本で宝くじをあてて、それでヘルシンキで食堂をやれる資金があったのさ。だから客がちっとも入らなくても地道に店や食器を磨いて食材を仕入れて暮らしていけたわけだ。またなんでヘルシンキ?なぜに食堂?という経緯も明かされている。

映画を見ているのに、私はあちこちで吹き出しました。父親にフィンランド語の勉強に行くと言う、学校の名前を聞かれて口走った名前が“国立ムーミンフィンランド語専門学校”っておいおい!

東日本大地震、原発問題、と、テレビやNetに集中していた時期をちょっと過ぎて、しばしゆっくりしたかった時に、この本を手にしました。若過ぎない年頃の、少し疲れた方の骨休めに一服いかが?

ところで、映画のサチエさんは小林聡美が演じていますが、そしてマサコさんはもたいまさこ、その二人にあと室井滋で『やっぱり猫が好き』をやっていたのですよね、今となっては室井滋は少し違う方向に行っているように思う、そのように、あの番組の作者だった三谷サンと、今では向かうものが違ってしまった、感じが分かるような気がする。って大きなお世話ですね。

BOOK
comment(0) 2011.05.25 22:08

光の指で触れよ

ファイル 178-2.jpg

著者 池澤夏樹
中公文庫

『すばらしい新世界』と言う前作の続編という形だが、私は前作を読んでいない。それはそれとして読める。

前作ではとても仲の良い家族だった(らしい)が、今はバラバラに生活している一家がある。夫の恋愛をきっかけに、妻が5歳の娘を連れて家を出て、オランダで暮らし始めた。
夫は風力発電の設計者で、ネパールの奥地に小さな丈夫な風車を建てたことがある。

原発がいけないのは複雑すぎることだよ、熱源である原子炉に対して周辺機器が多すぎる。放射能の問題とは別に、形がエレガントじゃない。

岩手県は風力発電の先進地域で、今の体制ならば総需要の3パーセント近くを風力でまかなうことができる。ところが、このところ、電力会社の姿勢が消極的になった。

世界中の八千か所の地点の風速を集めて、そのうちのどれだけで発電ができるか計算した(学者がいる)。全体の13パーセントで発電が可能、その総量は72テラワット。
(電気は自分で作れませんか?という質問に対し)
風力で定格出力400ワット、太陽光とバッテリーを組み合わせてあって、実際の発電量は一日に300ワット時くらい、液晶テレビなら5時間見られる。風力で定格出力400ワット、太陽光とバッテリーを組み合わせてあって、実際の発電量は一日に300ワット時くらい、液晶テレビなら5時間見られる。
とか、パーマカルチャー(有機農業の一種)、コンポストトイレ、などなど、今の、この地震、津波、原発事故の、起こってしまったこの世界に、なんとふさわしい時期に文庫化されたのだろう.。宮城こそでてこないけれど、福島や、岩手の土地に関連した人たち、物事。

物語のほうは、妻はコミュニティーと呼ばれるエコロジー系だったりスピリチュアル系だったりそれぞれの特性を持つ共同体で生活する体験を通して、農業に関心を持っていく。夫は夫で、高校生の息子を介して知り合った人々、その環境から、農業に近づいていく。シンクロニシティー。娘は可南子という名前がキノコに変化していてこのキノコちゃんの言動がとてもかわいい。だれか身近にモデルがいたのかなと思われる。

「いい惑星はめったに見つからない」
いい標語でしょう?玄関のガラスに張っていた人がいたのだそうだ(小説の中のお話)。今、ACのCM,いろいろ言われているけれど、おはようさぎ、とかあの、あいさつしよう、というやつ、私はあいさつの苦手な子供だった、母のスカートの端を掴んで後ろに隠れがちだった、ことなど思い出していたら、やっぱりあいさつの苦手な子供だった人のブログにぶつかった。挨拶が苦手なことを責めないで、というもの。ちょっと先に頭で考えてしまう子供はあいさつが苦手なんだ、って。うちの近くでも小学校の教育だろう、出合い頭にこんにちは、と言われる、のは気持ちはいいけどね。と、これは脱線。

妻が習得しているレイキという気功の一種のようなもの、そしてコミュニティーの仲間の男との、マッサージの延長にある交合によって得られる精神の高みを得る行為。

ヨガをやっている私はタントラヨガと言うものの存在は知っている。チャクラ、クンダリニーという言葉の何物かも一応知っている。が。

鍬を持って土を耕すことをやり始めたところの私自身と、この未曾有の災害のさなかの日本の状況に、狙いすましてぶつけたかのようなこのお話の中の人物たちが、ちょっとした実在の知り合いのような・・・近しい気持ちになっている私です。
でももともとこれは新聞小説で、2005年~2006年にかけて連載、2008年に単行本出版、2011年1月文庫化。

芥川賞受賞のころの池澤夏樹は、その生物学上の父上である福永武彦氏によく似ていたけれど、最近の写真ではあまり似ていない気がする。

BOOK
comment(6) 2011.04.04 10:18

クリスマスに少女は還る

ファイル 175-1.jpg著者 キャロル・オコンネル
創元推理文庫

「愛おしい骨」のキャロル・オコンネルの、1999年に翻訳が出た作品。

「愛おしい骨」とよく似た性格のもの、主人公の刑事ルージュと、「愛おしい・・・」のオーレンの違いは?と言いたくなるような。・・・が。
近しい者を突然に失う、本作の場合は、一卵性双生児(珍しいことに男女の)の片割れを15年前に殺されるという形で経験したルージュ。犯人は捕まり、監獄の中にいる。

クリスマスに近いある日、二人の少女が失踪、天才児ばかりを教育している学園の子供たち、グウェンとサディー。サディーはホラーマニアだ。

顔に傷があり、深いスリットのスカートを穿いた女が、ルージュの前に現れる。小児性愛の研究者。

監禁された少女たちは、地下室からの脱出のために力を合わせていた。

まとめて読む時間をとれなくて、ちびちびと読んでいたのだが、厚い文庫本の600ページを過ぎて、あやややや!そーいうこと?うわうわ・・・。
で、読み終えてからまたもう一回読みなおした。あちこちに、確かに伏線はあるのだ・・・ん?と思ったな、途中でも。

帰る ではなく、還る なんだよね、このタイトルが暗示していることに、読み終えてから気づく。
面白いです。「愛おしい骨」でも、ちょっと千里眼的な人間が出てきたりしましたが、本作もまたファンタジーというか、まあクリスマスの奇蹟か。だまされてください。

BOOK
comment(0) 2011.03.07 14:42

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