私とは何か 「個人」から「分人」へ

著者 平野啓一郎
講談社現代新書

個人 とはindividualの翻訳語として生まれたものだそうだ。当然明治以降に日本に入ってきた概念なんだね。不可分、これ以上分けられない、と言う意味になる。
それを、自分とそれぞれの他者との関係において、誰に対しても同じ対応をしているということは無い、ある人とは儀礼の範囲を越すことは無く、趣味や信条を同じくする人とはその部分をより深く、さまざまに対応している、そのことを分人dividual分割できる人、として対応しているとしよう、と、まあ一言であらわすとそういう主張。

本当の自分とは?とか、自分探し、とか、青春と呼ばれる時期にはその種のおすすめ本に手を伸ばしたりする。その本当の自分なるものはそもそも分人の集合体なのであって、あなたのあの集団における評判と、この集団においての評価はまるで違ってもそれは当たり前のことである、と。
分人の分母はたくさんあって、全く別のものであったり、部分的に混ざり合ったり、それもいろいろである、と。
そしてそれはペルソナ・仮面、あるいは八方美人と言った概念とは別のことで。

今生きにくい状態にある人に読んでもらいたい。恋愛がややこしくなっている人も、誰と一緒にいるときの自分が好きか、と言う視点を持つと、行動を選びやすいかも。

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