土の記

著者 高村薫
出版社 新潮社

男の名は伊佐夫、東京の大学を卒業後、関西の電機メーカーに就職、奈良の旧家の婿になった。棚田や杉林に囲まれた地区、妻の介護?夢幻か現実なのか、判然としない記述が続く。
妻・昭代は、交通事故による長い植物状態のあと、亡くなったのだとわかる。

70過ぎの伊佐夫の農作業は、理科の実験のような気配である。土壌標本(モノリス)を自作する趣味のあった男。
ナマズを見つけ、花子と名付けたり。

寝ぼけているのか、妻の死によるショックが大きいのか、認知症なのか?記憶の喪失、混乱。のちに自分で異常を自覚し、病院で軽い脳梗塞の診断を受けて薬で回復するのだが、少しずつ認知症が進んで行くときの感覚というものがそんなものなのか、その表現はじんわり恐ろしく感じる。

稲の成長などに関する記述がまことに詳細で、どれほど深く事前調査、研究したものだろうと思う。高村薫と言えばかつては犯罪者や警察や銃の出てくる小説がほとんどで、それらに関しても緻密に調べているものだと思ったが。

ミス・マープルも言うように、田舎だから平和で退屈な日々というわけでは無い。次第に明かされる妻・昭代の事故のもとになった問題、娘との不仲の原因。
東日本大震災が起こる。今はアメリカに住む娘と孫から電話が来て、原発事故で日本は危ない、アメリカに来るか、せめて沖縄に避難を、と。陽子、父さんは福島の原発の炉心がどうなるかは知らないが、福島にも東京にもこの大宇陀にも、大勢の人が住んでいるんだ。もう言うな。

地味な農村の生活の中に潜んでいる事情を明かしながら、淡々と生き、生物の世話をし、そして最後に至ると…うーん。おお。

凄い小説だと、私は思うよ。生きるということを描いて。

 

 

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