海街ダイアリー

海街ダイアリー 映画http://umimachi.gaga.ne.jp/

監督 是枝裕和

出演 綾瀬はるか 長澤まさみ 夏帆 広瀬すず

予告編を見て、原作とほぼ同じ作りっぽいなあ、と思っていたのだが(キャスティングを知ったときは、四姉妹美人過ぎる!でありましたが)、かなり原作に近い。是枝監督ってこんなまっとうな作り方もするんだね。

鎌倉の古い家に住む三姉妹に、自分たち家族を捨てて、別の女性と家庭を持っていた父が亡くなったと連絡が来る。葬式に出かけると、腹違いの妹が迎えに来ている。父親は、その妹の母である二人目の妻と死に別れ、三人目の妻、子どもたちと暮らしていたのだ。泣いてばかりで頼りない義母、しっかり者すぎる中学生の妹。

一緒に暮らさない?と長女が声をかけ、妹すずが鎌倉にやってくる。格別なドラマがあるわけでもなく、次第に姉妹になっていく様子が描かれる。

吉田秋生の原作マンガでも四女の名前はすずちゃんなのだが、まあぴったりの子がいたものだ、という広瀬すずちゃんである。ほかの姉妹はちと美人過ぎ、と、キャスティングを知った時には思ったが、三女チカちゃんが可愛らしすぎるしアフロにもならない以外は、違和感無く。いや、映画としては別に可愛らしくて何の問題もありません。ただ原作のファンはそこが気になるってだけです。

実写になると、マンガの時よりいささか乱暴な姉妹に見える。特に長澤まさみ演じる次女よっちゃんの振舞など。日常ってそんなものかもね。

原作を読むときと同じように、時にウルウルしながら、心地よく過ごしました。なお、以前書いた原作の感想はhttp://art-container.net/mbblog/diarypro/archives/127.html

今まさに輝いているすずちゃんを見るだけでもいいかも。サッカーシーンの姿、かなり本気で練習したんじゃないかな。

 

 

 

マミー

マミーhttp://mommy-xdolan.jp/

監督 グザヴィエ・ドラン

出演 アンヌ・ドルヴァル スザンヌ・クレマン アントワン=オリヴィエ・ピロン

とある世界のカナダで、発達障碍児などの親が、経済的肉体的などの理由で子を養育できない状態になった時には、法的手続き無しで施設に収容することができるという法律が成立した、そのことが・・・などと最初に説明が出てきて始まる。

発達障碍、と言ってもそれが高校生男子となると、施設でも問題続きで、引き取りを要求される。父は3年前に亡くなり、母一人、仕事にも恵まれない。生命力あふれる女ではあるが、八方塞がり。この女優、日本だったら桃井かおりと倍賞美津子をぐしゃっとぶつけた感じ。

知人の、何らかのパーソナリティー障害と名付けられるであろう状態を目の当たりにしたことがある。爆発的なその状態は、説得などなにも受け付けない、時間をかけて収まるまで待つしかないものだった。若くない女性であったが。そのことを思い出しながら息子スティーブの感情爆発のシーンを見ていた。TVだったら途中で見るのをやめただろう。

感情コントロールが利かなくなるが、彼はとても母を愛していて、気遣っている、その方向が、ずれる。若い男には有り余る体力もある。

隣の家に住むカイラは、高校教師だったが、どもるようになって他人との会話が難しくなり、休職中。夫と娘がいる。

最近では珍しい狭い画面で進んでいたのに、ある時点で画面が横に広がっている、あれ?あれ?これは?     う。   そしてまた画面が縮む。

そこそこいろんなことを経験してきたし、あんまりつらい系の映画を観たくは無い歳に至っているのだが、グザヴィエ・ドランという名前を、どこかの映画評で目にして、印象に残っていた。きれいな響きに聞こえない?若いころ、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ という作家の名前がとても魅力的に思えた。それと同じような感じ。そして、なにも予習しないまま観た。

なんと凄い映画作家だろう。調べたら、1989年生まれ!26歳!子役からキャリアが始まっていて、今も俳優でもある。初監督は19歳。

グザヴィエ・ドラン、追いかけよう。サントラをオフィシャルサイトで紹介しています。聞いてみて。

 

 

 

女神は二度微笑む

女神は二度微笑むhttp://megami-movie.com/

監督 スジョイ・ゴーシュ

出演 ヴィディヤー・バーラン パラムプラド・パテルジー

インド・コルカタの空港に大きなおなかを抱えた若い女性が降り立つ。ロンドンからやってきた彼女は、この地に仕事に来て連絡が取れなくなった夫を探すという目的を持っている。しかし、宿泊先にも仕事先にも夫がいたという形跡は無い。強引なまでに探し回る彼女を、若い警察官が手伝う。やがて、夫によく似た人物がいたことがわかる。国家情報局が介入してくる。

インド映画と言えば華やかに突然踊りだす、というイメージだったのは過去のことなのか。そういう、突然ミュージカルになる映画の中では美しい女優は飾り物だったが、ここでは女性が主役。自己主張し、自らあちこちに乗り込んでいく。いやあ、インドの街の猥雑さは凄そうだ。そうそう初めてで足を踏み込むのはためらわれるだろー、と、突っ込みたくなる。そんな臨月であるらしいお腹で!

誰や彼や、何かしら答えにつながると思われた人が殺される。彼女自身も狙われる。

“ドゥルガー・プージャー”の祭りというにぎやかな宗教行事の中で、クライマックス場面が展開していくと…!!!

なんだけど、これは言えません。インド映画でこんな本格ミステリー映画が作られる時代になったとは。なんにも知識なしに見てよかった。ハリウッドリメイクが決まっているそうです、あの『ドラゴンタトゥーの女』の監督の手によって。

 

千年の一滴 だし しょうゆ

千年の一滴 だし しょうゆ監督 柴田昌平 http://www.asia-documentary.com/dashi_shoyu/

語り 木村多江(「だし」) 奥貫 薫(「しょうゆ」)

出演者は、枕崎の鰹節作り職人の今給黎秀作さんを始め、実際に伝統の味に携わる職人さんたち。

日仏合作のドキュメンタリー。

だし 仏教の肉食禁止令によって、肉に代わるうまみを求めた、のだそうですよ、先人が。千年かけて、今に伝わる旨みを追求した結果なんだそうですよ。私たちが味わっているものは。

しょうゆ オリゼという麹黴によって作られるのだそうです。それも千年かけて作り出されたものだそうです。

出汁と醤油についてお勉強するドキュメンタリーです。凄いね、伝統を守っていく仕事は。

妻への家路

監督 チャン・イーモウ張芸謀

出演 コン・リー鞏 俐 チェン・ダオミン陳道明

中国文化大革命の時代、夫は右派分子として罪に問われている。が、脱走して追われ妻への家路ている。家族に会いに来た夫だが、娘に追い返される。妻は、何とかして会おうとする、が、目前で引き離される。

文革が終わり、20年ぶりに解放されて帰ってくる夫。が、苦労を重ねた妻は記憶障害となり、夫の顔を認識しない。夫を目の前にしながら、駅に迎えに行く。

向かいの家に暮し、書き溜めたまま出せなかった手紙を、妻に読んでやる夫。かつて自分の情報を売った娘と協力しながら、妻に寄り添う。

陳道明がうまい。細かい情報は何も出てこないが、知識階級であったために追放されたことは、ピアノの演奏が好きだった、などのエピソードでわかる。時代劇や香港映画“インファナルアフェアⅢ”などで見た姿とはずいぶん印象が違う。

実はゴージャス美女である鞏 俐は、地味な市井の女の役をやることもあるが、今回ほど普通のおばさんをやったのは初めてだろう。違和感が無い。昔々、中国の百恵ちゃんと呼ばれ、その頃はちょっと似ていたものだが、この映画では倍賞千恵子に近いような気がする。

中国を代表する俳優と言ってもいい二人が、切ない物語を演じているのだが、私はところどころでちょっと笑ってしまった。少し、笑ってもいい話として作っていないのだろうか?監督。

初代謀女郎たるコン・リーと10年ぶりに組んだ金ぴかの『王妃の紋章』はなんだかだったし、もう張芸謀のファンと名乗るのはやめたのだったが、こういう作品を撮ると相変わらずいいのだった。

多分、文革というものについて何の知識も無い世代が見たら、何の罪?とかすっきりしないものがあるだろう。そこらへんのことをこのくらいにぼかして表現しないと、中国政府の上映許可が下りないということだ。原作では、詳しく描かれているとのこと。

 

下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち

下流志向著者 内田樹

講談社文庫

時々この著者のツイッターや“内田樹の研究室”http://blog.tatsuru.com/というサイトを見ている。

なぜ日本の子どもたちは勉強しなくなったのか?仮説、この子たちは等価交換しようとしているのではないか。小学校一年、ひらがなを教えようとする段階で、「先生、これは何の役に立つんですか?」と聞いてくる、のだそうだ。教室に座ってノートをとるという苦痛を伴う行為(か?)を、たぶん、教師に対して支払いをしている、ととらえている、のでは、と言う。

この本が単行本として出版されたのは2007年、まだ大地震も起こらず原発事故などだれも考えていなかった時である。大学生が講義を聞かず私語をしているという話はよく聞いたが、小学生が勝手に教室を歩き回っていたのか?へええ。

自分探し とは?

自分はほんとうはなにものなのか?という問いを軽々にする人間について。自分のことを誰も知らないどこかに出かけて、言語や生活習慣やいろいろなことが違うところに暮らせば自分はほんとうはないものであるかわかる?

えーと、リーマンショックというものが起こって、世界的に経済危機に陥ったのが2008年。その前と後では事情がずいぶん違うと思う。さらに東日本大地震、原発事故、そして、戦争したくて仕方がないらしい総理大臣が、もっともらしく女性を活用などと言って、活用された女性大臣かなにかが3人靖国参拝していたその顔が、国防婦人会のご婦人はこんなだっただろうなあ、と思えた先ごろ。

失礼、話が飛びました。

無知とは時間の中で自分自身もまた変化するということを勘定に入れることができない思考のことです。学びからの逃走、労働からの逃走とはおのれの無知に固着する欲望であるということです。

自分探しなんてやめて、家族ではない親密圏をつくりましょう、あれこれ迷惑をかけあって生きましょう、という部分はまことに賛成、ですが。日本人は一斉に変わる、という特性があるから、ある日そういうことが常識になるかもしれない、リスクをヘッジするコストとしては安いものだから、って。というその当時の発言は、なんか今、違う方向へ一斉に変わるかもしれない気配の中、楽観できなくなっちゃったよね。

私が知らなかっただけで、この本はちょっとした古典なのかな?講演、質疑応答を文章に起こしたもの。の、せいでもあるか、うまく紹介できません。ごめんね。

繕い裁つ人

繕い裁つ人監督 三島有紀子

出演 中谷美紀 三浦貴大 片桐はいり

神戸の街、坂を上って見える南洋裁店の看板が、古い洋館に掛けられている。店主の南市江は、洋裁店初代だった祖母が作った服を、仕立て直して着られるようにすること、祖母のデザインを踏襲した服を作ることで、日々生活していた。

祖母の代からの付き合いの店に少しそんな新作を提供しているのだが、それを見て一目ぼれした藤井は、ブランド展開を考える。が、頑固ジジイのよう、と藤井に言わしめるような市江の態度なのだった。

自分のデザインした服を作りたいはずだ、と、何度断っても店にやってきて、市江の母の出す団子を食べている藤井である。

えーと、何かしら恋愛事情が発生するかと、ちょっと期待するこちらであったが。

藤井を演じる三浦貴大が、ちょっと見にはあまり似ていないのに、山口百恵サンそっくりの表情を見せるところに見入ってしまう。洋服が好きだという設定にしては、彼の服のセレクトは普通なのが…どうなんでしょう。

その地区の伝統行事だという、30歳以下は立ち入り禁止の夜会、そんなのがあったら素敵。一度作ったドレスを、仕立て直し仕立て直し、毎年参加する。あと、黒木華サンのウエディングドレス、良かったな。

街の洋裁店があちこちにある時代に育った。昔は、そんな洋裁店をやっていた伯母に、仕立ててもらった。子どものころは、母の手作り、というものも多かったけれど。そしてこの映画を、今も注文仕立ての洋裁師である友人と見に行った。彼女が言うには、もしこの映画のように足踏みミシンですべての仕事をしたとすると、腿のあたりが傷んでしまうそうだ。私は、足元で調節できるプロ仕様のこんなミシンが欲しいなあ、革を縫うために、と思ったのであったが。

淡々と進みつつ、チーズケーキをホールで食べるか、おい。

何かしら手仕事をしている人が見るといいだろう。ちなみに連れの洋裁師の感想は、『洋裁師は孤独だ!』なる言葉でありました。

池辺葵のコミックが原作だそうだ。読んでみよう。

 

 

おみおくりの作法

おみおくりの作法http://bitters.co.jp/omiokuri/

監督 ウベルト・パゾリーニ

出演 エディ・マーサン ジョアンヌ・フロガット

孤独死した人の葬儀をするのが仕事の、公務員。送る時の音楽まで、その人に合うであろうものを選び、丁寧に見送る、たいていは彼ひとりで。

食事のテーブルにきちんと白いクロスを敷き、マットを置いて、皿の上に缶詰をあけ、トースト一枚、リンゴ一つ、が定番の、つましい独り暮らし。

部屋の真向いのアパートで、アルコール中毒者ビリー・ストークの遺体が発見される。その日、仕事に時間をかけすぎると、解雇を言い渡される。

最後の仕事に奔走する男ジョン・メイ。ロンドンを離れ、イギリス各地で彼ゆかりの人を訪ねる。

奇跡のような佳い映画だ、と、終盤に至って言葉が浮かんだ。エディ・マーサンという俳優を私は知らなかったが、イギリス人らしいあまり感情を出さない地味な中年男、名優の誉れ高い人だそうだ。

無知の知

 

 

無知の知http://muchinochi.jp/

監督 石田朝也

私は私自身が「原発」について「何も知らない」ということを知っている。だからこそ聞いて見たかった。そして福島に行ってみなければならなかった

と監督がまず言っている。

東日本大震災と、福島原発事故の被害に会った人たち、当時の首相だった菅さん、官房長官だった枝野さん、それでもやっぱり原発推進派の学者、などなど、さまざまな人に、監督自らがインタビューしていく。とにかくフラットに、自分の意思を持たないようにして。

いわゆる感想文を書ける映画では無く、どこかで機会があったら見てください。という言葉しか出てこない。

元・原子力委員会委員長が、お慰めする言葉が無い、と、何度か口にした。高いところから民を眺めている神のように。自らが被害者でも有り得たと、発想することは無かったのだろう。

百歩譲って、完璧な廃棄物処理法が見つかったら、原発推進ということも考えられるだろう。地震の無い国であることを条件に。と、私は思っている。皆、それぞれの立場で発言し、出演者の誰かが言ったように、どこまでも交わらない。

 

 

6歳のボクが、大人になるまで

6歳のボクが大人になるまで監督 リチャード・リンクレーター

出演 エラー・コルトレーン ローレライ・リンクレーター パトリシア・アークエット イーサン・ホーク

久しぶりに、まっとうに面白い映画を見た、気がする。

凄い企画だ。6歳の男の子が大学に進学するまで、家族4人(元・父親も含め)同じキャストで一つの作品を撮り続けるとは。

若くして結婚して、二人の子供ができて、離婚。母親は、大学に行ってより良い仕事に就くため、引越しを決める。別れた父親はミュージシャン志望だった。子どもたちにはよく遊んでくれるいいパパだ。

大学に行ったママには恋人ができ、結婚。新しいパパにも二人の子供がいて、楽しく暮らしていたが、やがてアル中の症状を見せ、乱暴がひどくなり、家族で逃げ出す。

ママは大学の教壇に立つことになり、また引越し。ボクは15歳。ママには新しい恋人ができた。パパにも恋人ができ、結婚。赤ちゃんが生まれた。

誕生日プレゼントに、パパからは自分で編集したビートルズにCD,パパとその新しい奥さんからスーツ、おばあちゃんから聖書、おじいちゃんからは散弾銃。パパは16歳になったらくれると昔言っていた車を売り払ってしまったけど。

散弾銃…か。代々伝わっているんだってさ。自分の身は自分で守るってアメリカ人だねえ。

そんなこんなな、家族の歴史が、それぞれの時代を表すゲームだとか、ハリー・ポッターの映画だとかの背景と共に描き出される。

初めのほうでは、ちょっと私の好みの映画ではなかったかな?という気もしないではなかった、のだが、いややっぱり、銀熊賞だけのことはありましたね。

それにしても、人生のパートナーを得ることは難しいものだね。決して悪い人では無い実のパパ、ちょっと見には知的で魅力的な男、悪い人では無いが生真面目で融通性に欠ける男、ママの人生に現れる男たちよ。そんな中で育っていくことも大変だね、娘、息子よ。子供が大人になっていくまでに、一つ間違えば、というたくさんの危機が転がっているものだね。

息子が旅立つときになってママが言う、私の人生何だったの、的なセリフがね、いやいや印象的。まあママだって本を執筆するという目的が今あるのだから、ちょっとセンチメンタルになっただけなんだけど、とてもよくわかる気がする。

おそらく、どなたさまでも、ちょっとややこしい目にあった子供でも、いい映画だと思いそうな、作品です。

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