悲しみのイレーヌ

著者 ピエール・ルメートル
文春文庫悲しみのイレーヌ一年前ぐらいにこの欄で紹介した「その女アレックス」の前日譚。
異常を極めた殺人事件が起こる。

身長145センチのカミーユ・ヴェルーヴェン警部が、上流階級育ちのルイ、どケチのアルマン、上司のル・グエンなど個性豊かな面々と共に捜査にあたる。
陰惨極まりない連続殺人事件が、やがて見立て殺人であることがわかってくる。小説の中で起こる事件そのままに仕立ててあるのだった。

そして、犯人からの挑戦状とも言うべきものがカミーユに届く。

このタイトルは何?と思っていた。前作を読んだのが一年以上前、結末に行くにしたがって驚くべき事情が分かってきて大変面白かった、という印象だけは残っていたが、前提条件を忘れていた。今から読む人のために、明かさない。

改めて、「その女アレックス」を読み返したくなる。陰惨だし、そんな事にしないで欲しかったけれど、一気に読み進めてしまう面白さ。

この作家の作品『天国でまた会おう』もすでに買い求めてあるので、またいずれ紹介することになるでしょう。

さよなら、シリアルキラー

さよならシリアルキラー著者 バリー・ライガ
創元推理文庫

ジャズは高校三年生、連続殺人犯の息子として生まれ、その後継ぎとなるべく父親から英才教育を受けて育った。
が。

父親が捕まった。ある日、指を切り取られた女性の死体が発見される。ジャズはそれを、連続殺人事件の始まりだと確信し、父親を捕まえた保安官に訴える。なぜそう思うか?だって父親から殺人鬼となるべく教えられた身には、わかるから。

とんでもない設定だ。その上、曖昧な夢のような記憶のかけらが付きまとい、もしかしたら自分の母親を自分が殺したのかもしれないと思っている男の子。だけど。

自ら犯人を捕まえようとする。親友ハウイー、黒人である恋人コニーと共に(この二人素敵)。

あなたがドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』シリーズのファンなら絶対好きになると思う。青春小説。3部作だそうで、2作目の「殺人者たちの王」早く読みたい!

 

ダライ・ラマ14世http://www.d14.jp/
企画・撮影 薄井一議 薄井大還
監督 三石富士郎
語り 柄本佑

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の実像に迫ろうというドキュメンリー。
写真家の薄井大還が、1991年にダライ・ラマ14世のポートレートを撮った。16年後、2007年、ダライ・ラマ14世の来日にあたり、正式な写真とムービーを撮る依頼があり、ムービーを息子一議に任せた。それから、来日のたびに親子でスチールとムービーを撮っている、のであるらしい。

2歳にしてダライ・ラマの転生者として発見されたのだそうだ。
1949年に中国がチベットに侵攻、1954年に中国がラサ市民を弾圧、そしてダライ・ラマ法王は国外脱出せざるを得ないことになる。その後、インド北部のダラムサラでチベット亡命政権の元首となる。

世界中のあらゆる地位ある人々と出会っていらっしゃったであろうせいか?天性の?とにかくとても明るく、少しも気取らず、ひょうきんなほどの気軽な態度でふるまう姿。子どもに近づいていったり、日本在住のチベット人女学生に、いつ髪を染めたの?と話しかける。いいんだよ、チベットの心を持ってさえいれば髪が何色でも、と。チベット人たちは、まるで戦前の日本人が天皇陛下の前に立つように頭を下げ、手を合わせ、感動しているのだが。

日本人のいろいろな人に、ダライ・ラマ14世に聞いてみたいことを言わせている。凡そアホみたいな質問もあるのだが、ユーモアを持って答える。

ダラムサラの人々にもインタビューしている。高校生ぐらいの子に、欲しいものは?と聞く。みんな、何も無いと答える。今、恵まれていて、勉強ができて、優しくしてもらっている、と。

最後のほうで、日本人の若者に向けて言葉を求められた時、『日本人の若者は、小さなことで躓いて自殺してしまったりする。英語の勉強をしなさい、そしてアフリカとか遠い国に行きなさい、自信になります』と言われた。ダラムサラの学生たちは、チベット語・英語・ヒンドゥー語・中国語いろいろ勉強している様子だった。元々、チベットでは教育が整っていなかったことが、今の状況を招いたと、教育に熱を入れているのだ。

日本人は…幕末には五代友厚みたいな人がいたのにね。

 

 

 

 

 

 

カンフー・ジャングル

カンフージャングルhttp://kung-fu-jungle.gaga.ne.jp/

監督 テディ・チャン  香港・中国 2014年作品
出演 甄 子丹(ドニー・イェン) 王宝強 楊采妮(チャーリー・ヤン) 白冰(ミシェル・パイ)

『一個人的武林』という原題の、武林 をまあまあ英訳したタイトルのようで、なんだかでありますが。
私は別にドニーさんのファンではないけれど、当代のカンフーアクション№1であり、そのあとに続く人は出てこないと思っているのでね。ジャッキー・チェンは還暦過ぎ、ジェット・リーはちょっとした持病持ちだし(ドニーと同じ年だと思うけど)もうそろそろ無理はきかないようで、少しずつ演技派へと変異していっている。

とは言え、王宝強のアクションがすごかった。両足の長さが生まれつき違うという役。愛する妻を癌で亡くし、強い者を倒し殺すことだけを目標に生きているような男。見たことある顔、だが名前まで覚えていなかった。実際に、子どものころ少林寺に入って訓練している人なのだそうだ。

そして、マダム(警部)と呼ばれている楊采妮、ああ、マダムと呼ばれるにふさわしいご婦人の顔になったんだなあ。若き金城武や、今や中国で時代劇ドラマの主役をやるようになったニッキー・ウーと共演していたお嬢さんが。
男性だったらサーという敬称になるところね。大型バイクで走るシーン、『天使の涙』の金城武とタンデムで走るところを思い出し。

まあなんたって、最後近くの、高速道路と思われる大型トラックや大きな車が行きかう中でのドニーと王宝強の死闘シーン、これどうやって撮ったんだろうと、観ながら思う。まさかゲリラ撮りして無いよね、危ない危ない。怖い怖い、と思いつつあまりのことに笑ってしまうことの多い時間でありました。ドニーさん物って大概そうなんだけど。

昔のカンフーアクション映画をたくさん見ている人にはきっと、懐かしい顔がたくさん出てくるのがわかったことでしょう。

ストーリーじゃないんです、アクションの、舞いのような美しさ・鋭さ・勢いを、愛でる映画です。

街道をゆく 四十 台湾紀行

街道を行く 台湾紀行著者 司馬遼太郎
出版社 朝日新聞社

今更ですが、まことに面白い。
私は、「非情城市」をはじめとする台湾映画を通して台湾の歴史を知った。「KANO」で知った、ダムを作った八田與一、「セデック・バレ」で知った台湾原住民による霧社事件、まあ何でもここに記されている。
敵の捕虜になるぐらいなら自決する、というのは、日本人の、ではなく薩摩人の士風なのだという。そして、薩摩や土佐の、明治の気風が、台湾原住民の気質とにているのではないか、それで、なにがしかシンパシーを感じあったのではないか、という。そう、「セデック・バレ」で、日本に対して反乱を起こした原住民たちは、数日果敢に戦った後、山中で首を吊って死んだのだった。

日本人の清潔好きが、ほかのアジアの人々に対する蔑視につながったのではないかという指摘、なるほど。

李登輝という人が台湾の元首だった時代に、直接会って話をしている。李登輝という人は、台湾語・英語・日本語のいずれも、北京語より流暢なのだそうだ。台湾が日本だった時代に育っていればそれは当然なのだなあ。
「非情城市」で、今まで日本語で勉強していた子どもたちが北京語を習い始めるシーンがあった。

司馬遼太郎ファンの方、申し訳ない、かくも興味深い読み物を、やっとこさ読みましたよ。今から「街道を行く」シリーズのほかのものにも触手を伸ばしましょう。

マルガリータで乾杯を

マルガリータで乾杯をhttp://www.margarita.ayapro.ne.jp/
監督 ショナリ・ボース
出演 カルキ・ケクラン レーヴァティ

主人公ライラは、脳性麻痺と思われる障害があって、車椅子で活動している大学生。大学のバンド活動に参加し、作詞を担当したりもしているバンドが優勝、が、司会者から、障碍者が作詞したものだから優勝を決めたと言われる。

落ち込んでいる彼女を、バンドのボーカルが慰める。彼に恋心を告白するが避けられてしまう。恋愛の対象として見られていなかった。

ニューヨークの大学に留学したライラに、新しい生活が始まる。目の不自由な女性ハヌムと出会い、授業で手助けしてくれるジャレッドに思いを寄せたり。一緒にニューヨークに付いてきた母は、娘が性に関心を持っていることに戸惑う。

インドでの生活のシーンで、父はターバンを巻いている。だからシク教徒だ。シク教徒は少数派だ、という知識はあったけれど、母はヒンドゥー教徒とわかるのだそうだ。そして両親の出身地も違うらしい。それって、インドではかなり革新的なことであるのだそうだ。宗教・出身地が共通の人と結婚するのが基本であるらしい。そして障害のある娘が大学に通っているのみならず、留学するのだ。

そして、性、同性愛、バイセクシュアル、などの状況が描かれる。

監督は女性で、監督自身の従姉妹が、障碍者であるという。その彼女の40歳の誕生日を祝っていたときに、彼女が欲求を押し殺して生きてきたことに気付いたことから、この映画が生まれた、のだそうだ。

インドでバスの中で集団レイプされた女性のニュースを目にすることがある。そんなことがそう珍しくない社会にあって、こんな映画が作られている。
インド映画といえば突如華やかに集団で踊りだす、と思っているとこんな映画が作られている。自分は実はバイだ、と母に告げ。

母は実は癌が進行していて、亡くなってしまう。ライラは?ライラとガールフレンドのハヌムは?

カルキ・ケクランは、インド生まれインド育ちのフランス人、とてもうまいけれどインド人には見えない。脳性麻痺の役をやった、例えば韓国映画「オアシス」のムン・ソリも、「マイレフトフット」のダニエル・デイ・ルイスも、ほとんど本当にそういう人なのでは、と思わせるほどうまかったことを、思い出す。カルキ・ケクランも、名前を憶えておいていい女優だ。

マルガリータ・ウイズ・ストローという原題のままにしてほしかったな。
映画を観たあとすぐに感想を書こうとしたけれど、なんだか書けなかった作品でした。

阪急電車

阪急電車著者 有川浩
幻冬舎文庫

阪急宝塚駅から西宮北口駅へ、そして折り返して西宮北口駅から宝塚駅へ、その、各駅ごとに起こるエピソード・そこにかかわる人物たちが、クロスしていく、それぞれの短編が、つながって長編に編まれる作り。

宝塚南駅のお話が、『阪急電車』という映画になっていたね、中谷美紀主演で、真っ白なウエディングドレスで電車に乗っている、という、宣伝の部分だけしか私は見ていないけど。

友人から回ってきたこの小説は、ほとんどどなた様にもお薦めできると思う。読みやすいし、ちょっと痛かったり切なかったり羨ましかったり、ああこんな人いるよなあと思ったりしながら、でもねえこんなにはいかないだろうけどこんな風に行くといいねえ、と、ちょっとうるっとする。

阪急今津線という電車を知っていたらもっと楽しめるだろうな。「くだらない男ね」と切り捨てるおばあちゃんに会っていたかった、若いころに。

 

海角7号 君想う、国境の南

海角7号http://www.kaikaku7.jp/
監督 魏徳聖
出演 范逸臣 田中千絵 中孝介

台北でミュージシャンになるという夢破れて、台湾の最南端の恒春に戻ってきた青年。郵便配達の仕事に就くが、郵便物の中に、今では存在しない住所宛ての小包を見つける。開けてしまう青年、阿嘉。中身は、1945年12月、台湾から敗戦国日本に戻る船の中で、台湾に残った恋人に充てて書かれた手紙だった。

ある日、日本の歌手、中孝介のコンサートの前座バンドのメンバーとして選ばれる。子どもから爺さんまでいる寄せ集めバンドである。

モデルとして活動するはずだった日本人、友子は、モデルたちの世話役をやらされた挙句、中孝介や前座バンドの通訳・監督を命じられる。思うようにならない状況に爆発寸前である。

都会でうまくいかなくて田舎に戻ってきた男、外国で夢を見て破れかけている女、それを取り巻くいかにも田舎の大人たち。の、中に、文箱に入った数通のラブレター、60年前の。

ちょっと勘違いしていて、日本人名宛てだから、なぜその娘は台湾に残ったのかな?なんて思ってしまったが、1945年8月まで日本の統治下にあった台湾人は、日本名を名乗らされたのだなあ。失礼失礼!
その日本人役・田中千絵さんは、以前よくTVでも見かけたものだったメイクアップアーティストのトニー田中さんの娘。日本人の反応じゃないよな、と言う感じの役柄なんだけどね、まことに直截的な言葉、反応、そりゃあ台湾人だよと思うけど。
主役の范逸臣は、韓国映画『猟奇的な彼女』の主題歌“I Bilieve”の中国語カバーを歌った歌手。その後はあまり売れていなかったらしいバラードの歌手だったけれどこの映画ではロックバンドのギタリスト兼ボーカル、さてどんな結末が待っている?

2008年、台湾で大ヒットした作品。最後の最後、月琴をベースに持ち替えようとしていた自称国宝のじいさんが、素敵な演奏をしますよ。
上映後に参加した、台湾人の青年を囲んでの会で聞いたのだけど、台湾南方の方言は、北方の人には聞き取れないことの結構あるらしいし、方言でちょっとした下ネタ・くすぐりの類が入っていてそれが台湾公開時には笑いを誘ったんだって。

恐怖分子

 

恐怖分子監督 エドワード・ヤン楊徳昌

出演 コラ・ミャオ リー・リーチュン ワン・アン

カメラを構えて街の様子を撮っている青年が事件現場に遭遇、その場から逃げようとする少女を撮影する。
帰宅した少女は、母親と言い争い、気まぐれにいたずら電話のダイヤルを回す。たまたま電話を受けた、小説家でもある人妻。医者の夫は、その妻のために昇進をもくろむ。

いくつかの無関係な物事、小さな事件、が、たまたまつながってしまい…と、いうことが、映画が進んでいってもなかなかわかりにくい。以前、ビデオで見たことがあり、友人は面白くなかったと言っていたけれど、そんなことは無かったぞ、という記憶があった。

壁一面、たくさんの紙を使って大きく引き伸ばされた美少女の顔の写真。風に揺れる。

後半、夢?というシーンと現実のシーンが、交錯し、カタストロフィへ。

観終わった私の頭の中で、ふはあ、参った参った、と言葉が舞っていた。

途中、映画館の上映中のポスターの中に、薬師丸ひろ子・真田広之の『里見八犬伝』があった。そういう時代の作品なので、ソバージュや肩パットや、デビュー当時の少年隊みたいな髪の男の子や。そして、ビデオで観た時に気付かなかったこと、途中で聞こえた歌もそうだったのではないかな、最後に、当時、楊徳昌監督の奥さんだった蔡琴の歌声が流れた。

侯孝賢監督と共に台湾ニューウエーブを代表する監督だった楊徳昌監督は、2007年に59歳で亡くなった。惜しいことだ。

スクラップ・アンド・ビルド

スクラップアンドビルド著者 羽田圭介

出版社 文芸春秋

読み進みながら、芥川賞だよね、直木賞じゃないよね?と、帯を確かめてしまった。要介護の祖父と、前職を数か月でやめて求職活動中の孫。「早う迎えにきてほしか」が口癖の87歳の祖父に対し、ある日、それは言葉通り心底からの願いなのではないかと気づき、それに協力する方法は無いかと模索する孫・健斗。

母の、弱弱しく人を頼ろうとする祖父に対する態度は厳しい。
後期高齢者の介護生活に焦点を絞った場合、おそらく嫁姑間より、実の親子のほうがよほど険悪な仲になるのではないか
うん、病院の受付の人もそう言っていたな。お嫁さんは遠慮がちだけど、実の娘はビシバシ言うって。

弱ってはいてもそれなりになかなかしたたかな爺さん。

孫は孫で、絶不調の状態ではあるが再就職に向けて行政書士の勉強、筋トレに励みつつ、ガールフレンドとデートしたりして。

芥川賞受賞後、もう一人の又吉は元々お笑いの人だからTVに出るのは当たり前、騒がれて当たり前だが、羽田氏もなんだかヒョロンとした(いや、顔はそこそこ悪くないよ)妙なキャラクターでよくバラエティに出ている。全然作家然としていない。っどうしてもその雰囲気と主人公を重ねてしまう。おいおい、そんなに本気で鵜呑みにしてたのかよ、と、あの悪くは無いけどどこかぼーっとしたような顔の作家に向けてツッコミたい。いやいや、フィクションだから。別人だから(と自分にツッコむ)。

芥川賞直木賞の作品を、単行本の時点で読むことはあまり無い。今回はこれで三作品すべて読んだ。三作ともとても面白かった。本作に関しては、あ、介護を巡る話か、それは読んでみたい、と思ったので。私自身はもう両親の介護は終わり、おせっかいにも伯母の様子を時々見に行く生活だが、身近に正に今、介護問題に直面している友人がいる。この本のお母さんとおじいさんの関係のように、なかなかきつく当たっている親族を、気にしている。で、読み終わった今、彼女に貸すことになりました。笑える芥川賞小説。