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【記事】「除染は不可能」原発訴訟 東電開き直りの主張 コスト安自ら否定

記事元:2014/04/07  http://no-nukes.blog.jp/archives/7620312.html
除染は費用がかかりすぎ、一企業での実現は不可能」。福島第一原発の爆発でまき散らされた放射性物質の除染を地元住民が求めた訴訟で、東京電力はこう主張し、「できない」と開き直った。原発事故の後始末に背を向け、再稼働に腐心する。東電のあまりの無責任な態度に、被害者からは反発が相次いでいる。(白名正和)

◆「被ばく住民 訴える権利ない」 
生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟」の原告団長中島孝さん(58)=福島県相馬市、スーパー経営=は怒りをあらわにした。
「原発を爆発させて放射性物質をまき散らしたくせに。東電の主張は何なんだ。加害者なのに、反省もなければ、事故収束や救済に対する責任感もない。被災者を侮辱している」
中島さんら800人は昨年3月、国と東電を相手取り、福島地裁に提訴した。求めるのは、廃炉と除染だ。空間放射線量を原発事故以前の状態に戻すまでの「原状回復」を求める。賛同者は増え、原告は約2600人に膨らんでいる。
問題の主張を東電がしたのは、先月の第5回口頭弁論でのことだ。まず、汚染地域の被ばく線量を年間1ミリシーベルト未満に除染するには5兆円以上が必要という独立行政法人・産業技術総合研究所の試算を挙げた。その上で、原告は年間1ミリシーベルトを大きく下回る水準までの除染を求めているとし、「莫大(ばくだい)な費用がかかるため、一企業において実現することは不可能だ」と主張した。
「5兆円」の試算は目安でしかなく、何だかごまかしのようだが、「技術的には可能だとしても費用がかかりすぎるため、できない、というのが東電の理屈です」と原告側の青龍美和子弁護士が説明する。
国と東電はこれまでも「法的責任はない」と訴えを退けるように裁判所に求めてきたが、今回の主張に対し、青龍弁護士は「驚くべき開き直りだ。道義的な責任はどこへ行ったのか。原状回復をできないのなら破産するべきだ。破産して他に任せないと、後始末が妨げられる」。
先月の口頭弁論では、東電はもう一つ耳を疑う主張をしている。原発事故による福島県民の被ばく線量は多くが年間20ミリシーベルト以下であり、喫煙や肥満、野菜不足より発がんリスクは低いとし、「住民の法的権利が侵害されたと評価することは困難」だというのだ。
同じく原告側の深谷拓弁護士が解説する。「原発事故で放射性物質は飛び散ったけど、この程度の量なら大丈夫、住民に訴える権利はありませんよ、という主旨だ。事故を起こした企業の言うことではない。個人的な喫煙や肥満と、被ばくという人災を比べること自体おかしい」
原告団は直ちに、この二つの主張の撤回を求めたが、東電は拒否した。「こちら特報部」は詳しい理由の説明を求めたが、東電広報部は「係争中の案件なのでコメントできない」とだけ回答した。
中島さんの怒りは収まらない。
「原状回復が難しいことは分かっている。でも、東電がやらなければいけないことだろうが」
「多くの人を不幸にして許される対応ではない」
「故郷をぶっ壊しておいて、何を言うのか」
国や東電を相手取り、各地で訴訟を起こしている原告たち約150人が福島市内に集まった6日の集会でも東電に対する批判は絶えなかった。
福島の原発事故絡みの集団訴訟は現在、17の地裁・地裁支部で提訴されている。原告は計約6800人。提訴の動きは他にもあり、東電の責任を追及する動きは広がっている。
東電が再稼働を目指す新潟県の柏崎刈羽原発の運転差し止めを求める訴訟の原告の一人、矢部忠夫・同県柏崎市議も「除染は不可能」という主張に、「人命より経営を優先するという東電の本音が出た。新潟県民に対して宣言したのも同じ。東電に原発を動かす資格はない」と憤った。
福島第一原発事故から3年がたったが、この間、東電の不誠実、無責任な体質は何度も表面化した。

放射能汚染で休業に追い込まれた福島県二本松市のゴルフ場が2011年、東京地裁に除染の仮処分を求めた際、東電は「飛散した放射性物質はもはや東電の物ではない。誰の物でもない、所有者のいない『無主物』に当たり責任を持てない」と主張した。
結局、この時点で国の除染に対する政策が定まっていないとして、東京地裁はゴルフ場の訴えを退けた。「無主物」に対する司法の判断はなく、その後、東電が主張した話は聞かない。
太平洋に汚染水が漏れ出した問題では、事実関係を明らかにしたのは、東電が状況を把握した数週間後の昨年7月だった。東電は理由を説明していないが、発表した日は、参院選の投開票日の翌日だった。
訴訟にならずに済むよう被害者と東電の交渉を仲介する原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)の和解案を、東電がほごにするケースもみられる。公的資金注入の際、東電は「和解仲介案の尊重」を約束したにもかかわらずだ。
飯舘村長泥地区の住民が求めた被ばく不安への慰謝料では、センターが示した和解案を一時拒否した。東電社員に対する賠償の和解案でも、拒否するケースが出ている。
◆安全性の資料 開示拒否 
情報開示も不十分だ。11年9月、事故対応を検証する衆院特別委員会から、過酷事故(シビアアクシデント)時の対策手順書の提出を求められたが、「知的財産に当たる」などと拒否した。批判が高まり提出したものの、表紙や目次以外はほとんど黒塗りというあきれた対応ぶりだった。
中島さんらの福島の訴訟でも、情報開示は十分ではない。昨年11月、潮見直之裁判長が原発の安全性に関する資料の開示を要求したが、東電は「必要性がない」と拒否した。「『自分たちは過失を争点にしないよう求めている。争点でないから出す必要がない』という勝手な論理」と深谷弁護士は説明する。要求に強制力はなく法的な責任はないが、提出してしかるべきではないのか。
「拒否もそうだが、裁判の打ち合わせで、裁判長が東電の主張を明確にするように求めても、『間に合わない』と繰り返す。原発の再稼働前に不都合な事故のデータや批判を招きそうな主張を控えたいという思惑があるのではないか」と原告側の馬奈木巌太郎(いずたろう)弁護士はいぶかる。
「『除染は不可能』という主張は、原発事故が起きると手が付けられない、と東電が認めたようなものだ。『原発はコストが安い』という神話の否定で、他の訴訟や原発の再稼働反対にも大きく影響するはずだ」