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東日本大震災関連の動画を地図上から探せる検索サイトのこと。

「動画でふりかえる東日本大震災公開動画検索ファインダー」というサイトでは、インターネット上に公開されている東日本大震災に関連した動画を、地図上から検索することができます。

動画でふりかえる3.11とは
1) インターネット上に公開されている動画から,東日本大震災に関連するものだけを選んでリンクしています.
2) 「どこで」撮影されたものか分かるように,撮影された「場所」を地図上にプロットしています.

サイトの作成者は東北大学災害科学国際研究所」。
東日本大震災後に設立された研究所だそうです。
検索できる動画の数は、2017年2月現在で約1,700件!
そのうち約1,000件については、正確な場所もしくはおおよその場所の情報が示されているそうです。これは、「動画の内容から目視で場所を同定する」ことによって得られた情報だということです。とても地道な人力的作業の積み重ねで作られていて、リンクされた動画の一つ一つが、震災の被害実態を記録した貴重な情報となっているサイトです。

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先ごろ、今村復興大臣が「東日本大震災東北で良かった」などと発言して、物議を醸す事態になりました。東日本大震災の復興は国の重要課題(のはず)なのですから、大臣が辞任させられたのは当然のことでしたが、一方で、震災を被災地だけの問題、もしくは被災者個々人の問題だと考えている人たちも多くいるのでしょう。

今見ても衝撃が強く、辛くなる映像ですが、震災からまる6年経過した現在、震災の記憶を風化させないためにも、震災をふりかえり、3.11を語り継ぐことが大事だと思います。

「原発は要らない」ページを追加しました。

利用しているレンタルサーバーがハッカー攻撃にあったのを機会に(「サイバー攻撃に早まって・・」参照)、過去の投稿を見直しつつ、ブログのデータを復旧してきました。
私の不注意でメディアデータを消失させてしまったので、イメージはPCに残っている写真を探し、新たに撮れるものは撮り直し、ネットから取得できるものはコピーして、出来る限り作成しなおしました。
でもどうしても写真が見つからず、復旧できなかった投稿記事もあったので、データベースのバックアップを常に取っておくことは、本当に大事だと実感しました。それとPC上の写真データも、管理もきちんとしなければなりませんね。溜まる一方だからとすぐに削除してしまうのも考えものです。

以前「東日本大震災関連情報」として作っていたページを「原発は要らない」と名前を改めて作成し直しました。「原発は要らない」ページは「東日本大震災」「福島第一原子力発電所事故」を忘れないための備忘録です。
img-52011年3月11日に発生した東日本大震災は、当然のことですが、国内外に大きな衝撃を与えました。
そして津波と連動して起きた福島の原発事故は、チェルノブイリと並ぶ、もしくはそれ以上の最悪レベルで、世界を震撼させました。

一連の天災と人災は、あまりに多くの人たちの命を奪い、人生を変えてしまいました。
被災した方々は、生活の全てを奪われ、2年以上経った現在でも約28万人の方が“仮住まい”での暮らしを余儀なくされています。
福島第一原子力発電所も今なお、汚染水漏れなど深刻な状況が続いています。解体までは40年はかかるという遠い道のりです。まだ、何も終わっていない。

直接被災した者でなくても、私にも、震災前と震災後で、その後の生き方や社会に対する意識の変化がありました。
大地震も大津波も原発事故も、再び起こりうることを想定した日本の未来を、今こそ真剣に考えていかなければならないのですが、国も企業もそうはなっていない現状ですね。

WEBサイト「東北思い出写真館」

toohoku「東北思い出写真館」
先週テレビの朝番組で紹介されているのを見て、気になっていたサイトです。

今回の東日本大震災により一瞬にして消えてしまった風景。
「被災地前の姿を少しでも良いからもう1度見たい」という被災地の方々の声を受け、その失われた風景を一般投稿の写真によってネット上に復元し、被災地支援の一環としているサイトです。

写真は人の記憶を裏づけ、記憶を引き出し、記憶を定着させる力を持っていますね。
普通の人の記憶はかなり曖昧なもので、私も子供の頃や若い時分の思い出などアルバムでしか確認することはできません。

もちろん頻繁にアルバムを開いて記憶を確認しようなんてことをするわけではないのですが、むしろ古いアルバムはホコリを被って棚に打ち捨てられている我が家ですが、だからといってアルバムをまるごと捨てようと考えたことは一度たりともない。ちっとも大事にしてないくせに、とても大事なものなのです。

どんな写真にもその中に、人生のある一日のある一瞬が確かにあります。
写真は人の、人だけでなく町や国の存在証明みたいなものです。