「ここがウィネトカなら、きみはジュデイ」大森望編

kokoga出版社: 早川書房 (2010/9/22)
内容(Amazon.co.jp「BOOK」データベースより)

男はいつもと違う色の天井の下で目覚めた。ここはウィネトカか?それとも…。人生を飛び飛びに生きる男女の奇妙な愛を描いた、SF史上に残る恋愛時間SFの表題作。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/星雲賞の三冠を獲得した、テッド・チャンのアラビアン・ナイトとハードSFを融合させた書籍初収録作、時間に囚われた究極の愛の形を描いたプリーストの名作ほか、永遠の叙情を残す傑作全13篇を収めた時間SFのショウケース。

『ここがウィネトカなら、きみはジュデイ』、謎めいたタイトルに惹かれました。
時間をテーマにした、13人の作家によるバラエティに富んだ短編集です。

過去の自分に会ったり、未来に飛んだり、人生を13歳からやり直したり、時間が伸びたり縮んだり、時間のループに永遠に閉じ込められたり。
「科学的根拠のない、現実にはありえない空想物語」と言いたいところだけど、でもまあ、考えてみると時間について私はどれだけ知っているだろう。
本当に時間は過去から未来に連続する一本のラインとして存在するのか。
それとも分岐された無数の別時間、パラレルワールドが存在するのか。
今この瞬間以外の時間が、どこかに保存されていたりしないだろうか。
そもそも何故時間というものがあるのか。
誰か教えてください、時間の正体を。

「竹取物語」の時代、月に帰る姫の話は荒唐無稽な空想物語に過ぎなかったはず。だけど、20世紀には本当に人が月に行ってきました。
人類が火星に移住するという計画も今はちょっと突飛な話に聞こえるけれど、そのうち銀河系が通勤圏内になるかもしれない。
幻想や妄想や空想が混然とした「世にも奇妙な物語」に思える゛時間SF”も、いつか時間の正体が解き明かされ、科学的根拠に裏付けられる時がくるかも知れません。
遠い遠い未来には、もしかしたら、人生を好きな年齢からやり直すことができるかも、なんて。

かわいい動画見つけました。「こぶたの明日」

「こぶたの明日」

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楽しいですね。音楽が耳に残ります。

NHKミニミニ映像大賞」を受賞したストップモーション・アニメーション作品です。
作者のサイト「e-お弁当作っちゃいました!テレビ」に、楽しいお弁当アニメがいろいろ掲載されています。また、お弁当の作り方ビデオもありますよ。
(追記:アニメページは開くのにかなり時間が掛かります。)

同じ作者による「e-お弁当作っちゃいました!」というサイトには、とてもかわいい“お絵かきお弁当(オリジナルキャラのキャラ弁)”がいっぱい。
これ、ホントに食べちゃうんでしょうか。

こんな可愛くて手の込んだお弁当、一度も作ったことなかったなあ。(今更ですが・・・)

ソーシャル・ネットワーク

一昨日、映画「ソーシャル・ネットワーク」を観てきました。面白かったです。エンディングクレジットさえ最後まで観ました。
ハーバード大学の学生マーク・ザッカーバーグが大学生同士の交流サイトを立ち上げ、それが世界最大のSNSとなっていった、「Facebook」誕生のドラマです。

Facebook(フェイスブック)は、Facebook, Inc.の提供する、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)である。2004年にアメリカ合衆国の学生向けにサービスを開始した。当初は学生のみに限定していたが、2006年9月26日以降は一般にも開放された。日本語版は2008年に公開。13歳以上であれば無料で参加できる。
公開後、急速にユーザー数を増やし、2010年にサイトのアクセス数がgoogleを抜いたとして話題になった。2011年現在、世界中に5億人を超えるユーザーを持つ世界最大のSNSになった。そのうち日本国内のユーザー数は約180万人。(ウィキペディアより)

ノーベル賞を受賞したある科学者が言っていました。
「人の感情はたいてい、一時的なその場限りのものだ。ただ二つの感情を除いては。」その二つが『復讐』と『嫉妬』。
『復讐』と『嫉妬』という感情は、他の感情よりも長く続き、人を突き動かす大きなエネルギーになると言います。

天才と呼ばれる人には『復讐』と『嫉妬』がよく似合います。むしろ不可欠な要素じゃないかと、私は思うことがあります。
マーク・ザッカーバーグも、侮辱を受けたら必ず仕返しをし、一番の親友にさえ嫉妬をして・・・この二つの感情を原動力に、天才的なプログラミング能力を発揮して、「2010年、世界で最も若い億万長者第1位」になるまでに至ったのではないかと思えるドラマでした。

フェイスブックの若きCEO マーク・ザッカーバーグ

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映画公開以来、フェイスブックのユーザーはますます増え続けているそうですが、私が観た映画館では300席余りある部屋に観客は私を含めて4人だけ。平日夜の映画館ってこんなものなんでしょうか。プライベートシアターみたいで、贅沢な気分を味わうことはできましたが、世界に5億人以上のユーザーと4人の観客。すごいギャップですね。

それはさておき、フェイスブックのように、自分の顔写真や個人情報を公開するようなサイトが受け入れられる現象は、私には不思議に思えます。ネットにそんな個人情報を流して大丈夫なの?と思ったりするんですが、昨日の「日本経済新聞>BPニュースセレクト」にそんな疑問に答えるような記事が載っていました。

Facebookの何がそんなにすごいのか」(日本経済新聞)

この記事では顔を出し実名で登録するからこそ安心だ、とあります。
確かに顔にモザイクのかかった人同士の集まりでは、お互いを信用するのは難しいでしょう。
信用を得るにはまず正直な自己紹介をするのは当然と言えるかも知れません。
それに、個人情報保護時代だから、逆に他人のプライバシーを知りたいって欲求も高まっているのかも知れません。

Facebookの何がそんなにすごいのか」を続けて読んでみると
「Facebookのユーザーは18歳~34歳が全体の70%を占めている。メインユーザーは若いビジネスマン」と分析しています。
あまりシニアには受けてないようですね。そこがねらい目とばかりに、最近は日本でも定年退職後のシニアや、介護世代の人などをターゲットとしたSNSも登場し、ビジネスとして成功しているサイトもあるそうです。
「無縁社会」と言われる現実があるからこそ、どこかで誰かと繋がっていたい。それは老いも若きも同じなのだと思います。

「もしもし、運命の人ですか。」穂村 弘

mosimosi出版社: メディアファクトリー (2010/12/21)

(内容紹介Amazon.co.jp)
黙々と働く昼も、ひとりで菓子パンをかじる夜も、考えるのは恋のこと。あのときああ言っていたら……今度はこうしよう……延々とシミュレートし続けた果てに、〈私の天使〉は現れるのか? 人気歌人による恋愛エッセイ集が、待望の文庫化。解説は、『臨死!!江古田ちゃん』の漫画家・瀧波ユカリ。

穂村弘さんといえば、『世界音痴』『現実入門~ ほんとにみんなこんなことを?』『本当はちがうんだ日記 』『にょっ記』といった、いかにも大人気ないタイトルからも分かるように、永遠の青二才、いえ、永遠の“まだ中”(まだ中学生)。
妄想の中で妖精だか天使だかを連れて歩き、夕餉にコンビニの菓子パンをかじる、結婚しない、できない男の代表だったはず。
なのに、この『もしもし、運命の人ですか。』というエッセイの中には

「外国にいる間中、妻の背後にぴったり貼りついて隠れている私とはえらい違いだ。」

と、さりげなく妻という一文字が挿入されています。
はあ?妻?妻の背後?ええっ?
思わず本をめくる手が宙に浮いてしました。
そういえば以前『にょっ記』を読んだときにも「妻」と会話しているみたいなシーンが出てきて、「印刷ミス?」と疑問に思ったけど、「ああ、妄想の妻ね、きっと」と勝手に解釈してスルーしてしまったんですが・・・。
裏付けをとるしかない、とネットで検索してみると、「WEB本の雑誌」、 「作家の読書道」に本人が肯定している言葉がありました。

まあ、作家が結婚しようがタレントが離婚しようが、私には影響のない話なんですけど。
しかし、もう「運命の人」見つけたのなら、いまさら〈私の天使〉探しも説得力に欠けますね。先の「妻」に関する一文も何だかのろけみたいに聞こえるじゃないですか。いや、きっとそうです。
結婚という生々しい現実を手に入れてしまった穂村弘さん、どうか私生活をあまり晒すことなく、さらなる妄想力を磨いていって欲しいものです。

「不実な美女か貞淑な醜女か」米原 万理

yonehara出版社: 新潮社 (1997/12)

同時通訳者の頭の中って、一体どうなっているんだろう?異文化の摩擦点である同時通訳の現場は緊張に次ぐ緊張の連続。思わぬ事態が出来する。いかにピンチを切り抜け、とっさの機転をきかせるか。日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる著者が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!「通訳」を徹底的に分析し、言語そのものの本質にも迫る、爆笑の大研究。
(Amazon.co.jp「BOOK」データベースより)

どこかで名前を聞いたことがある、という程度に知っている著者だったので、『不実な美女か貞淑な醜女か』という怪しげなタイトルと表紙イラスト故、別のジャンルの本と誤解して手を出さずにいました。
最近、偶々目にした読書ブログで「文句無く面白い」と紹介されていて読んでみる気になったのですが、ホント、文句無く面白かったです。

米原万理さんはロシア語の同時通訳者として活躍され、「テレビの同時通訳により正確で迅速な報道に貢献したとして日本女性放送者懇談会賞」を受けた方だそうです。
本書は、「働く女性」のエッセイであるばかりでなく、その実態をあまり知られていない同時通訳者達のドキュメントでもあり、示唆に富んだ国際論、異文化論でもあり、爆笑間違いなしの小話満載、お笑い本でもあり、といったところ。

含蓄のあるメッセージが多く、私の目からもウロコが何枚か剥げ落ちました。
例えば、私などは自分が英会話ができないことを棚にあげ、いやだからこそというか、各国首脳が集まる国際的場面において、我が国の総理が日本語でスピーチをしているのを見ると、「国際語をしゃべれないなんて、ちょっとかっこ悪いんじゃない?」と、恥ずかしく思ったりしたものですが、米原万理さんは、『英語で演説したがる総理大臣』に対して、どうか日本語でスピーチして欲しいと苦言を呈しています。
「言葉は、民族性と文化の担い手なのである。その民族が、その民族であるところの、個性的基盤=アイデンティティの拠り所なのである。」「どんな小さな国の人も自らの母語で、一番自由に駆使できる、一番分りやすい、一番伝えやすい、その母語で発言する権利がある」
その異文化間のコミュニケーションを取り持ち、相互理解を成立させるために、通訳や翻訳という職業があるのだ、と。

真の国際人とは、母国語で自分の言いたいことを豊かに表現出来る人のこと、という彼女の主張には説得力があります。日本人としては、まず何はさておき日本語をしっかり身につけていくことが大事なようです。ただ、私の今後の生活に外国語による会話が必要になる予定がないことは残念なのですが・・・・

米原万理さんは2006年に56歳で亡くなっています。私が読んだ2008年版の文庫では、“編集部注”として彼女の絶筆についてのエピソードが紹介されていました。そこから、最後まで真摯に、全身全霊を込めて仕事を愛し、猛スピードで人生を駆け抜けていった作者の姿が感じられ、胸を打たれます。