2026年5月9日(土曜日)
監督 黄修平(アダム・ウォン)
出演 ネオ・ヤウ ジョン・シュッイン マルコ・ン
聾者である3人の若者それぞれの生き方、聾であることへの向かい方を描く。
手話だけを使っているジーソンは、スクーバダイビングのインストラクターを目指している。その幼馴染の広告クリエイターのアランは、手話と口話の両方を使う。ソフィーは、人工内耳を着ける手術を早い時期にしたので、口話のみで会話する。大企業に就職、人工内耳のアンバサダーにも就任している。
それぞれの難聴者にとってどのように聞こえているか、を、音響でも表そうとしている作品。
1880年のミラノ会議と言うものにより、手話排除、口話推進と言う時期が日本でもあったらしい。祖父母の店の近くに聾学校があって、子どもの頃は手話で話している姿をよく見かけた。香港の場合、比較的遅くまで口話教育中心だったのだろうか。
“普通であること”を求める母の元、口話のみで育ったソフィーは、就職の際には聾者の客に手話対応できるかを問われる。大企業に就職したものの、手伝い程度の仕事しか任されない。
両親も聾者で、手話のみで不自由を感じないジーソンは、スクーバダイビングのインストラクターのクラスを受講することはできたが、その先の資格を取るための講習を受けられないことを知る。
アランを演じるのは実際に中程度難聴で手話口話両方を使う演技未経験者だそうだ。そしてジーソンとアランの子ども時代を演じるのは、中程度難聴の子、コーダ(聾者の親の元で育った)の子だそうだ。
教室で手話を禁止されるシーンで、かつて小学校で方言を使ってはいけません、という時期があったことを思い出した。中学校を卒業すると多くが県外に就職していく、という地区でまず始まったことのようで、その頃には必要なことだったのだろう。今では方言を守る必要が出てきたようだが。
人工内耳の企業が、アンバサダーでとしてのソフィーが手話を会得して口話と両方で話すことを許さないこととか、『普通』とは?平等とは?また、無音の世界で手話が交わされる時の豊かさ、など、考える。観客にも聾の方が多かった。
追記 日本でも、教育の場ではかなり最近まで口話だけで行われていたと、今日聞きました。
2026年4月27日(月曜日)
著者 王谷晶
集英社オレンジ文庫
“女には向かない職業”ってPDジェイムスの探偵小説、そこからのタイトルでしょうね。『ババヤガの夜』の王谷晶による10年ぐらい前の作品。ミステリーには向かない と読ませている。
名探偵と呼ばれた祖父・鳴子月彩が1951年に設立した探偵事務所、を、再開させた鳴子佳生(よしみ)24歳。警察を1か月で退職した履歴を持つ、衣装道楽の探偵。が出会う男、長身で美男だがとんでもなく浮世離れしている絽爛、実は19歳。人探しを頼んでくる。
で、周りにはおばあちゃんの原宿こと巣鴨の地蔵通り商店街から横町に入ったあたりの、個性豊かなおっちゃんや婆さんたち。
まああり得ない設定、ライトノベル風の、サクサク読めるお話。作りは粗いけど、このコンビ、絶対続き物だろう、3作ぐらいは有りそう、と思ったがこれ一作。どうやら当時思いのほか売れなかったらしい。で、去年のダガー賞受賞で第二刷、恭喜恭喜。映像化に向きそう。誰が演じる?ってのがちょっと難しいけれど、テレビドラマ、映画、アニメでも良い。王谷晶の作品を組み合わせた世界を脚本化するのも良いと思う。
中に出てくる中国語のルビがちょっと違うんだけど許そう。
2026年4月23日(木曜日)
著者 吉本ばなな
幻冬舎文庫
次の用事までに時間があったから、天文館図書館に寄ったのですよ。で、これの単行本が本棚にあって、この吹上が吹上浜ではなかろうと思いながらも手に取った。読み始めたら、さっぱりわけわからないながらにこれは好みである、と言う気がした。その本は第2話の『どんぶり』だったから、そりゃこの奇妙な世界設定のことは知らず。
久しぶりの吉本ばななサン、『キッチン』以降、喪失から始まることの多いこの作家の作品を、かつてはよく読んだ。折々の自分にとって良いタイミングで出会うことが多かった。
文庫の第一話の背表紙には、唯一無二の哲学ホラー、開幕。で終わる紹介がある。著者の後書きは、私がファンタジーを書くなんて、世も末だなあと思う。から始まる。ファンタジーでホラーで哲学。
第1話 ミミとこだち の前書きに、子どものとき大好きだった映画 「ファンタズム」に感謝の気持ちでオマージュを捧げています。などの一文がある。ホラー系の映画をこれから観ることは無さそうなので、おや、と思って笑う、などと言うことは私にはできない。
吹上町、という奇妙な言い伝えがいっぱいある町。眠り病という風土病もある。交通事故で父を失い、母は眠ったままのミミとこだち姉妹が、そこで生きていく。
2017年にこの第1話は刊行されている。世界がコロナ前とコロナ後に分けられるなんて思いもしなかった頃。中国SF『三体』もまだ日本では翻訳が出ていない。
何かしら不穏な、土地柄。異世界からの侵入者が祖先にいる町。
スピリチュアル寄りの微妙にホラーの、いろいろ比喩とも取れる、好き嫌いが分かれるかなあ、と、いう、一応4話で本編完結、でもまだ短編で続いていくと作家が述べているお話。私は追いかけるつもりです。
2026年4月22日(水曜日)
監督 源孝志
出演 柄本佑 長尾謙杜 渡辺謙 瀬戸康史
ロングランだなあ、面白いってこと?と出かけたら、平日11時5分からの客席には女性3人…。ほぼ予備知識無く、お、なるほどこういう作り。
江戸時代、芝居が終わって劇場から出てくる観客、外は雪、上空から和傘の群れを写すシーンが美しい。外の雪が初め芝居用の紙の雪に見えたが、私の目のせい気のせい?外のそこも芝居、と暗示してなかった?
途中から、中華なドラマや映画で見かける神探物っぽい気配が。
私としては、渡辺謙ではないもう少し茫洋とした感じの人が、あの役をやってほしかった気がする。良いな、と思ったのは沢口靖子。何が、と問われても説明しにくいが、若い頃のぴかぴか加減がさすがにやや薄れて、今、時代劇に向かってくだされと。そして“なにわ男子”長尾謙杜、これで認識しましたよ。
そうはいかんやろ、とは思うが、どちらさまでも面白く観られる作品でしょう。
柄本佑がやった役、原作ではしゃべらない男だったという。原作、読みたくなりました。直木賞・山本周五郎賞ダブル受賞作だって。
源孝志ってNHKBSの『京都人の密かな愉しみ』の人だよね。時代劇の印象は無い、と調べると、そうか、やはりNHKの中村仲蔵のドラマを作った人だった。
2026年3月25日(水曜日)
監督 アビシャン・ジーヴィント
出演 シャシクマール シムラン ヨーギ・バーブ
スリランカでの貧困生活から逃れてインドに密入国した家族。一度は捕まるが、次男の機転により釈放され、兄の手引きでチェンナイで生活を始める。兄からは、隣人たちと親しくしないよう釘を刺されるたのだが。
同じタミル語圏であっても、インドとスリランカではかなり発音や単語が違うらしい。しゃべるとバレるから、ということだったのだが、何しろすぐ人助けをしてしまう人の良さで、いつの間にか近隣の人々と親しくなっていく。隣人が運転手を探していたので、すぐ立候補し、一週間のお試し期間となる。
前半のエピソードあれこれが、最終面につながっていく。
それにしても、小さい次男、このお人良し家族の中でそんな賢いと言っていいものかどうなんだかに育つものかいなあ。それと、おいおい警察官の上のやつ、そりゃあないだろ、そこまで滅茶苦茶でいいのかおい!であるが。ご愛敬か。
『ご飯食べた?』という挨拶は中華圏にあるが、インドはまあ中国のお隣だから、同じような挨拶があっても不思議は無い。それが、台湾語の言い方によく似ているように聞こえた。
昔、タミル語と日本語がとても近いものだという本があったな、と。そうだ大野晋だった。
観終わって、前の席の高齢のお方が、良い映画を観た、とおっしゃっていましたよ、インドの人情映画部門の佳作ではあるでしょう。
2026年3月2日(月曜日)
監督 キウイ・チョウ
出演 テレンス・ラウ セシリア・チョイ
2020年に香港で公開された作品。
統合失調症を患いながら、小学校で働いていた男。ある日、同じ病の知人女性が、街中で幻覚によって服を脱ぎだしたところに遭遇し、手を貸す。同じくその場にいて助けてくれた若い女性、ヤンヤンに恋をする。
が、その女性も、幻覚が見せた像だった。症状は悪化していき、休職する。
治療のために受けているセラピーの場で、臨床心理士を目指している大学院生イップ・ラムと出会う。彼女はヤンヤンにそっくりな女性であり、『恋愛妄想』を研究していた。男は、彼女の研究に協力することになる。
私自身の、親しかった同級生で、20代初めに発症した女性がいる。ある芸能人と恋愛関係にあると主張していた。美人だし頭も良かった彼女を思い出しながら観ることになった。そのほかにも、かつて親しかった人、同じクラスだった、同じ店の客だった、知人の連れ合い、など、数人の統合失調症患者を知っている。結婚が長く続いている人もいる。緩解しているとは言え、にぎやかなところでは運転したくないという人を知っている。人が自分を見ている、と感じるそうだ。100人に一人か二人、と言う発症率だというから、珍しいものではない。
大学院生の彼女も実は、すくすくと育ってきたわけではない。
『トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦』によるテレンス・ラウ人気のせいだろう、以前の作品だが今になって公開された。そしてこの主演二人は、この映画がきっかけで交際し、去年日本で結婚したのだそうだ。恭喜恭喜!
最後の、シーン。あれはやっぱり幻想?
2026年2月27日(金曜日)
著者 山田詠美
出版社 河出書房新社
河井理智子と言う作家の告別式、から始まる。その河井理智子と、森羅万里、高柳るり子、その三人の女流作家を、蝶にたとえたタイトル。
今では死語となった女流と言う言葉が、普通に冠された時代の、大作家たち。河井理智子と高柳るり子は、女性として初めて夏目賞(現実世界では芥川賞ですね)の選考委員になった、というところから、河野多恵子、大庭みな子をモデルとして描かれていることがわかる。森羅万里は、瀬戸内寂聴だ。モデルの骨子であるけれどもほかの女流作家の要素も混入しているに違いない。誰も出家していないし。
オーディオブックAudibleとして書かれたせいか?週刊誌目線、ミーハー目線、な、感じ。が。もう一度読み直してみると、見方が変わってくる。
書かざるを得ない、過剰なものを生まれ持った女性たち。もう少し前の世代の、岡本かの子は夫岡本一平のほかに愛人の男性と同居していたというが。恋人ぐらいは(男女問わず?)いて不思議ではないような、エネルギーたち。その、伴侶たち。
私は瀬戸内晴美時代の小説なら読んでいた時期があったが、河野多恵子のものは、『美少女』だったと思うが、一冊のみにとどまったし、大庭みな子は?何を読んだか記憶に無い。今更ながら読んでみようかという気になる。
そして、男の作家たち、このモデルは誰?世代が違う女性作家たち、これは誰?山下路美が著者本人なのはすぐわかるけれど、そのほかの作家が気になる、よね、やっぱり。また、編集者と言う職業、あーなんと大変な!介護士心理士ヘルパーなにやかやの能力。
某女流美術展というものに出品しながら、女流ってもう死語だよなあ、と、思っていたらほどなく無くなった、のでしたよ。
2026年2月25日(水曜日)
監督 沙漠シャー・モー
出演 張藝興チャン・イーシン リー・ルオアン
警察沙汰になった聴覚障害者の女性、冤罪であるらしいが、意思疎通の難しさもあり、主張をあきらめようとしている。手話通訳の女性が、それを押しとどめる、と言う始まり。
聾者のコミュニティのような場所で暮らす父と娘。父の通訳の形で、7歳の娘は父の仕事を手伝い、学校に通っていない。ヤングケアラーと呼べるだろう。ある日、離婚して出て行った母が、娘を引き取りたいとやってくる。娘に普通の生活をさせるために。
父も娘も離れたくない。なので、父はより金を稼ぐために仕事を増やすが、コミュニケーションがうまく取れないことにより問題を起こし、立ち退きを命じられる。そして、車でわざと事故を起こして保険金を受け取る、という詐欺行為に加担することとなってしまう。
イマドキの都会的な中国と、その詐欺行為の荒さひどさ、その落差。
父親シャオマー役の張藝興は、韓国人中国人で構成されているアイドルグループEXOのメンバーであり、EXOではレイと呼ばれているのだそうだ。EXOのメンバーと言えばルハンしか知らなかった。ルハンがいかにもアイドル顔であるのに比べ、この人は幅広い役柄ができる見た目。
この映画、その悲惨な経過にもう嫌だと思うかもしれない、と言うか私はそう思った、が、まあ頑張って最後までご覧ください。
2026年2月24日(火曜日)
監督 大鵬ダーポン
出演 ダーポン ヤン・ミー テレンス・ラウ アンディ・ラウ
唐の時代、下級官吏の李善徳、その名の通り実直に働いている。ある日、数千キロ離れた嶺南の、新鮮なライチを長安へ届けるという無理難題を押し付けられる。楊貴妃の誕生日に間に合うよう、と。妻と娘と住む家をやっと手に入れたばかりだというのに。
コメディで始まるが、まあそれはそれは大変な事態。算術が得意の善徳は、その能力を駆使して、かつ体力も極限まで!
権力者の気まぐれで命じられた、品物としてはささやかなお届け物、傷みやすいそれを、どうしたら期限内に新鮮な状態で届けられるか?大変な人数、馬を使っていくつものコース経由で何度もシミュレーションする。
悪い小役人、クソ悪い暴力役人、性質悪い宦官、どうにかこうにかかいくぐり、進む進む善徳の後ろには死屍累々。人も馬も。
テレンス・ラウが出ていると知っていなければ、わからなかっただろう造形。時代劇ドラマや仙界ドラマで麗しのお姿ばかり見ていたヤン・ミーの、庶民姿がなかなか良いと思う。
元々小説があって、ドラマにもなって、そして今回の映画、だそうだ。実は現代の政治批判をこんな形で描いているのでは?と、まあ思わないではないよねえ。こーんな大変なスケールで。ドラマも観たい。ぜひ放映してほしい。
2026年2月21日(土曜日)
監督 高橋伴明
出演 毎熊克哉 大西礼芳 加藤雅也 筒井真理子
現在の日本では安楽死は認められていない。“安楽死法案”が可決され、安楽死特区として施設が建設され、ヒトリシズカと名付けられた、近い未来の話、か。
ラッパーとして活動している章太郎は、若年性のパーキンソン病に加えてコロナ後遺症により症状が悪化、余命半年と宣告されている。彼は安楽死法に反対しており、恋人でジャーナリストの歩と、内部告発をするつもりでヒトリシズカに入居する。
同じく毎熊克哉主演の「桐島です」でもそうだったが、全共闘世代の高橋伴明監督は青臭い恥ずかしい(と感じさせる)主義主張を主人公にしゃべらせたいようだ。まあそこはなんとか耐えて観よう。
末期ガンの男、認知症だがまだ亡くなった息子のことを忘れないうちに死にたい元漫才師の女、など、入居者の事情はさまざまだし、その態度もそれぞれだ。末期ガンなのにそんな大きな声でしゃべれるのか?余命宣告される頃にはずいぶん痩せているものだと思うのだが、病の種類にもよるか?緩和ケア病棟の患者ほどに末期でない?なんだかんだの違和感もまあこだわらずにおこう。
次第に映画館の客席から涙の気配が伝わってくる。パーキンソン病も、癌も、認知症も、年齢を重ねれば身近に存在しているだろう。自身で経験している人もいるだろう。
『PLAN75』よりもざらざら粗削りな印象。
医者との面談のシーン。外科医の役で加藤雅也。玉三郎が監督した『外科室』で外科医だったよね、などと思い出す。その離婚する妻を鈴木砂羽、どうしてこの人?と思ったが、彼女のデビュー作『愛の新世界』は高橋伴明監督だった。
終わり近くに突然ダンスシーン。インド映画みたいに。
そして、最後の最後、実際にスイスで安楽死しようとした、と言う女性と監督の対談。
監督が軽い脳梗塞で倒れた、と、妻の高橋惠子が言っていた。本当に軽くて、復帰の日がありますように。
もうあの爬虫類系の顔を見るのも嫌になって、これではいけないと思うものの。どうして…