MOVIE+BOOK - きことわ              

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きことわ

ファイル 172-1.jpg著者 朝吹真理子
出版社 新潮社

さほど長い小説ではない。が、長編王朝小説を読んでいるかのような雰囲気の中で読み進む。
何がそんな風に?貴子と永遠子という年齢差のある少女たちが、貴子の別荘で一緒に遊んで過ごした日々、その時代と、永遠子40歳、貴子33歳、その別荘を処分することになって再会した現在とが、とくに説明なく交錯して進む。
あるいは夢の中のシーンも、投入される。

永遠子の思い出の中、足をくすぐったり、腕をつかんだりして15歳と8歳が遊びながら、腕や足、髪の毛のどちらがどちらだか…となって行くエピソードが、のちの、不意に後ろ髪を…というところにつながって。

この辺で引っかかってしまう人には読みにくいだろう。実のところ、ひところのジャパニーズホラー風に形成されて行ったとしても不思議はないだろう。

この、どこに行きつくともない、詩のようなある種のファンタジーのような小説に、空気や時間の厚みのようなものを感じるのだ。

朝吹登水子という人の翻訳で、かつてサガンの新作が出るごとに読んでいた。その人が大叔母で、ジャン・ジュネの翻訳の朝吹三吉が祖父、父・亮二もフランス文学者で詩人、シャンソンの石井好子さんも大叔母だって。知性・感性の連なり。

朝吹という姓に覚えがない私として読み直す術は無い以上、その予備知識に邪魔
されているかどうかを確かめるべくもない。読みながら、ちょっとしたカルトな部分に川端康成の『抒情歌』という短編を、長編詩のような気配にデュジャルダンの『もう森へなんか行かない』を連想して、それらは昔とても好きな小説たちだったのだから、もともとこういう作品を好きなのは確かだ。

ストーリーがあるのかないのか、というこの小説を、私は大好きですが、??と言う人も多いことでしょう。言わずと知れた、144回芥川賞受賞作。

追記
“芥川賞を受賞して”という作家の文章が新聞に載った。買い物リストを書いたときに、いつもはひらがなで「たまご」と書くところを「卵」と漢字で書いたところから、それが背中合わせの女の子の姿に見えたのだそうだ。

BOOK
2011.02.25 16:36

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