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【元記事】新幹線グリーン車内の常備誌から『今こそ原子力推進に舵を切れ』との声

http://bylines.news.yahoo.co.jp/takedasatetsu/20130922-00028317/

武田砂鉄 | フリーライター

 フランスの風刺漫画どころではない、こっちは本気(マジ)だ。

フランスの週刊紙『カナール・アンシェネ』が、腕3本の力士同士が相撲をとる風刺漫画を載せ、福島原発の汚染水漏れと五輪招致を皮肉った一件は大きな反響を呼んだ。その騒動を知った後で、「今こそ原子力推進に舵を切れ」という総力特集のタイトルを見たものだから、おお、日本でもこんな強烈な風刺特集が出ていたのかぁ~とめくってみれば、どうやらこちらは本気モードのようでおったまげた。

『WEDGE』9月号の特集、「今こそ原子力推進に舵を切れ」。朝焼けか薄暮か、うっすらと地平線が明るく照らされた日本海と柏崎刈羽原子力発電所の写真を見開きで使った特集巻頭ページで、熱っぽくこう宣言される。

「この国の資源のなさ、産業立国というよって立つ基盤を直視すれば、国家として原発を推進するという立ち位置に戻る必要があるのではないか。(中略)安全文化が完全でないから、あるいは福島事故の解決がいまだ道半ばであるから、再稼働させないというのは正しい選択なのか」。

すごい宣言文だ。まだ微熱が続いているけど勉強が追いつかなくなるから学校に行かせてしまえ、ならばまだしも、この危うさは次元が違う。学級閉鎖の危険性とはレベルが違うのだ。

「人類の原罪から目を逸らさない報道」

資源を輸入に依存している日本の危うさを訴え、今回の事故をふまえつつも「原子力技術はコントロール可能」とし、「低線量被曝への過剰反応は別のリスクを招く」とする論法は、「舵を切る」ためのテッパンだ。特集・第4章の「1mSvにこだわれば別のリスクを招く」とのタイトルが、9月12日の読売新聞社説のタイトル「福島の除染計画 『1ミリ・シーベルト』への拘りを捨てたい」と近似しているのも興味深い。いつまでこだわっているんだ、もういいじゃんか、あれは忘れて、もう一度やり直そうよ、とDV男のようなことを平気で言う。

詳しくは特集を読んでもらいたいが、要約すれば、いちいち慎重になるんじゃなくて、日本経済のために何を最優先するのか考えましょうよ、というスタンスに貫かれている。そもそも、日本経済よりも個人の営みを一義に考えたい人間には目が向けられていない特集なのでこちらが共感出来るはずもないのだが、例えばその翌月10月号の編集後記で編集長が、先月の特集にはたくさんの反響があった、たしかに原発の事故処理は大きな問題、「しかし脱原発による化石燃料依存も深刻な問題をもたらしています。人類の原罪から目を逸らさない報道を続けます」と書いているのを見つければ、やっぱりおったまげるしかない(2回目)。編集後記の上に掲載された読者からの投稿コーナーにある「原子力を放棄してエネルギーが欠乏し、資源国の属国になるようではいけない」(48歳・会社員)と併せて読めば、間違っているのはこちらのほうなのだろうかと頭がクラクラして、おったまげることすらできなくなる。やはり再稼働の必要条件とは「思考停止」なのだろう。

グリーン車に乗る「意思決定権を持つ富裕層読者」に向けて、原発再稼働への道筋が提案されていく

『WEDGE』のHPにある「広告掲載のご案内」を覗かせてもらう。広告主となってもらう企業にアピールする場なので、この雑誌の特徴が正確に明かされている。

「ご愛読いただいている方は政界財界のリーダー層、企業の経営者層など組織トップの方々が多く、これらの方々に直接訴求可能」

「役員、部長など組織内において意思決定権を持つ方々が購読者層の中心」

「購買力が高く可処分所得の多い富裕層読者も多い」

なるほどそうか、そりゃあ、原発を推進するわけである。だって、経済を動かす主役たちへのメッセージだ、甘っちょろいことを言ってはいけない。小さなこと(1mSv)にこだわっていていけない。まだ生活を取り戻せない人がいます、不安に思っている人がいます、という「人」の声に耳を傾けないのが「経済」への意思決定権を持つ方々なのだろう。

「ご案内」の決定打はこれだ。

「新幹線グリーン車内の各座席ごとに毎月搭載しているため、2~3時間の固定された空間で、グリーン車乗客が閲読する可能性が極めて高く、一般市販雑誌の発行部数というメルクマールだけでは計り知れない大きな訴求力を持っている」

「グリーン車内という静かな空間で、まとまった時間、広告までじっくりお読みいただける購読環境であること」

お盆に満席の自由席でガヤガヤと立ちながら帰郷したアナタや、「青春18きっぷ」でのんびりと旅をしていた私のような人間にはそもそも向けられていなかったのだ。こうして「静かな空間」で「富裕層読者」に向けて、原発再稼働への道筋が提案されていく。

原発再稼働に期待感を示したJR東海社長

新幹線のグリーン車で静かに原発再稼働が訴えられるなか(との前フリはさすがに意図的だけれど)、JR東海が品川と名古屋を結ぶリニアモーターカー構想の具体像を明らかにした。崩れやすい地盤を持つ南アルプスを約25キロ貫通させるトンネル、災害時の避難方法・場所なども含めて課題が多いとされているが、やはりこの時勢に気になるのは、消費電力の問題だ。リニアモーターカーの消費電力は1本につき約3.5万キロワット、東海道新幹線の約3倍になるという。今後の開発のなかでどんどん少なくなっていく、という予測には確かに期待を持つべきだが、そもそも、こうして新たにプラスαで大量の電力消費を誘い込むのはどうにも怪しい……とわざとらしく気付いたところで、やはりこうゆう記事にぶつかることになる。電力不足が叫ばれる中で「電力を使うリニアを走らせることは、これまでの『エコ路線』に逆行しかねない。これに対し、山田社長(JR東海の山田佳臣社長・著者注)は『このまま電力のない状態で(日本が)衰退していくとは思っていない』と語り、原発再稼働に期待感を示した」(朝日新聞9月19日・朝刊)。

経済とか国益とか世界的祭典とか夢の超特急といった大きな主語が発動する時

この、一つ前に書いた記事(IOC総会で「健康問題は『将来も』まったく問題ない」と言い切った安倍首相)と同じに結論になってしまう。オリンピックと同様にこのリニアモーターカーには「夢」という言葉が乱用されている。「夢の超特急」と何度聞いたことだろう。オリンピックもリニアモーターカーも、楽しみだ。見たいし、乗りたい。でもやっぱり、その楽しみにすぅっと心を奪われていくのを待っている詐欺師はいないか、注視することを怠ってはいけない。経済とか国益とか世界的祭典とか夢の超特急といった大きな主語が発動する時に、「意思決定権を持つ方々」が何をどのように向かわせる舵取りを始めるのか、こちらは各駅停車のごとくゆっくりと慎重に見守っていく必要がある。繰り返すが、これは風刺漫画ではなく、どうやら本気(マジ)らしいのだ。