アーモンド


著者 ソン・ウォンピョン
出版社 祥伝社

この表紙、書店でよく見かけたなあ、と思ったのは、友人から(勝手に)貸し出された数冊の中にあったからで。しばらく前の書店押し本だったはず。

失感情症・アレキシサイミア と呼ばれる,扁桃体が小さいことやそのほかの原因で、喜怒哀楽などをあまり感じない症状を持って生まれた少年。おばあちゃんは、少年を怪物と呼んだけれどそれは愛情を込めた呼び名だった。母親は、扁桃つまりアーモンドを。たくさん食べさせ、懸命に、喜怒哀楽愛悪欲の感情とは?の基本概念を覚えさせ、口角を上げたら笑う表情になるなど教える。

事件が起こる。おばあちゃんは亡くなり、母親は病院で植物状態となる。ほかにもかかわった数人が死ぬ殺傷事件。少年の誕生日でもあるクリスマスイブに。

もう一人、不運な生い立ちの少年が現れる。
そして、陸上少女も。

ストーリーはこの辺にしておこう。どっちに向かって行くか?
とてもうまい描き方・運びだと思ったら、この作家、短編映画の脚本などの仕事を先に始めていたそうだ。1979年ソウル生まれの女性。
まだ映像化されていないのかな?
昔々、一時的に、ではあるけれどおそらく他人様から見ればずいぶん無表情の少女であっただろう時期があることを思い出した。鬱傾向のため。

御都合主義な感はあるけれど、2020年の翻訳小説部門本屋大賞作品でしたか、なるほど。

鵞鳥湖の夜

監督 刁 亦男ディアオ・イーナン
出演 胡歌フー・ゴー 桂綸鎂グイ・ルンメイ 廖凡リャオ・ファン 万茜レジーナ・ワン

天下の美男美女をこーんな風に…と、まず思いましたよ、『琅琊榜 〜麒麟の才子、風雲起こす〜』(2015)の麗しの胡歌、『藍色夏恋』(2002)からとても好きな知的な台湾女優桂綸鎂、テレビの中国時代劇では高貴な役でよく見るレジーナ・ワン。

出会いのシーン、雨の夜高架下の暗がりで妻を待つ男。真っ赤なセーターの女が男に煙草の火を借りる。

刑務所で5年の服役を終えたばかりの男が、バイク窃盗団に加わろうとしている。窃盗団の縄張り争いが起こり、バイクで逃走する途中、間違って警官を殺してしまう。男には報奨金が懸けられている。
赤いセーターの女は妻の代理だという。女は水浴嬢と呼ばれる水辺の娼婦。男は、女に通報させ、妻子に報奨金を残したいと思っているのだ。

警察と窃盗団の両方に狙われ、追いかけられる男。どこか南方の地方都市、聞き覚えのあるディスコミュージックが流れ、なぜか底が光る靴の人々が広場でディスコダンスを踊っている。そこに紛れ込んで踊る女。
汚い狭い建物の中で逃げる追う、そこの影は誰の?

泥臭い背景ながら、どこかフランスノワールを思わせ、また、王家衛や鈴木清順の色、時にはおいおい寺山修司か!と突っ込みたいようなシーンも。

ひどいシーンがいろいろ出てくるけど、なんとか「ブンガワン・ソロ」中国語バージョンが出てくるラストまで観てね。最後にちょっと息つけるから。

薬の神じゃない!

http://kusurikami.com/
監督・脚本 文牧野
出演 シュー・ジェン(徐崢) ワン・チュエンジュン(王伝君) ジョウ・イーウェイ(周一囲) タン・ジュオ(譚卓) チャン・ユー(章宇)

2002年上海、インドの強壮剤を売っている店の主チョン・ヨンは、家賃もなかなか払えない経済状態にあった。ある日、慢性骨髄性白血病患者の男が訪れる。中国国内では白血病の薬が高価であるので、インド製のジェネリック薬品を輸入してほしい、と言う。密輸、密売と言う犯罪に手を染めることになるので、断るのだが。金の力には逆らえず。

なーんでボリウッド音楽みたいなのがのっけから流れるんだ、と思ったら、そんなことだった。
次第に白血病ネットワークが広がっていく。初めに輸入を依頼した男、白血病患者のネットコミュニティ管理人の女性、英語を話せる牧師、金髪少年、など。いくらなんでもそんなに発病率の高い病じゃないと思うぞ、ぐらいにずいぶん人数が増えてくるのだが。
そうして警察に目を付けられる。チョン・ヨンは密輸をやめ、別の事業を始める。
が、正規の薬を買えない病人たちの状況を知らされ。
真的假的?と中国人はよく口にする。本物か偽物か?と言う意味だが、それだけニセモノがはびこっているということだ。そういう社会のど真ん中で生活している男、まことにベタな中国らしい描き方(どこから大ヒット映画らしくなるんだか、と思って観ていたよ)、が、だんだんと変化していく。

最後にはうるうるしてしまいますよ。大概の大人の周りには、難しい病気と闘っている身内や友人がいるものだからね。
チョン・ヨンを犯罪者として追う警察側の人間を演じる周一囲は、日中合作ドラマ『蒼穹の昴』で知った俳優、金髪少年は『蔵は静かに眠っている』の人、だけどパソコンで薬を広める女性が『瓔珞』のあの人だなんてちっとも気づかず観てましたよ。

バッカスレディ

監督 イ・ジェヨン
出演 ユン・ヨジョン ユン・ゲサン
iうという
「ミナリ」でアカデミー賞助演女優賞のユン・ヨジョン主演。
バッカスって韓国では有名な強壮剤の名前であるらしい。そして、バッカスレディとは何?高齢者を相手に春を売る、決して若くない女性のことですと。そういう交渉がどこぞの公園あたりで行われているらしい、現実にも。
韓国では年金制度が整ったのが90年代であると、先日テレビを見ていて知った。全く年金を受け取れない人がかなりいるのだと。そういうこともあるのだろうな。
そして、この主人公はその道において優れたテクニックを持つらしい60代後半か、という女性。

こんな映画を作れる、またこんな映画に主役として出演する女優さんがいる、というのが韓国だと思う。今やアカデミー賞のステージに上った女優であり、テレビでは普通のおばさん役でしょっちゅうお目にかかっているユン・ヨジョンさん。ベタッと下品になりそうなところを、細身の身体で淡々と演じているので、そんな人生もあるかと受け止めてしまう。

日本にだって、90年代半ばまで、《横浜のメリーさん》と呼ばれる白塗り白いドレス姿の老娼婦がいると、マスコミで紹介されたものだった。日本では米軍の軍人相手の女性と言うのは生きていてもかなり高齢になっているはずだが、朝鮮半島では米軍との関わりがもっと後々まで深かったのだから、始まりはそこだった、混血の子供をアメリカに養子に出した、という話がこの年代にも続いているのだ。

なかなかに露骨な状況が描かれるのだが、GYAOで観られます、興味があったらどうぞ。

ミナリ

監督・脚本 リー・アイザック・チョン
出演 スティーヴン・ユァン ハン・イェリ ユン・ヨジョン

ミナリとは韓国語で芹のこと。
1980年代、韓国からアメリカに移民としてやってきた家族。農業で道を開こうとする夫、アーカンソーの広い土地とトレーラーハウスを見た妻は、話が違う、と言う。夫婦共にひよこの雌雄を判別する職場で働く。
息子は心臓に問題を抱えていて、子どもたちの世話のため韓国から妻の母親を呼び寄せる。子供に花札を教える、おばあちゃんらしくない、と孫から言われるあまりお行儀よろしくもない庶民のおばあちゃん。おばあちゃんは離れた水辺で芹を育てる。

広大な土地。井戸を掘って水を供給、トラクターで耕し、隣人の手助けはあるもののほぼ一人で
野菜を育てる。
井戸が枯れる。

狭い日本の片隅でそこそこの菜園をやっている私としては、その広大な土地は、魅力的なものとして映る。が、無理でしょ一人でその作業は。肥料はどうするんだろう、など思うよ。

息子の心臓が良くなってきてるんだよね、それって今の環境が向いてるってことでしょ、そこへさあ・・・と、ちょっと思うが。夫の側、妻の側、どちらに肩入れするにせよ、イラっとする場面あれこれ。

そして事件が。

おばあちゃんを演じるユン・ヨジュンさんはドラマで見慣れた女優さん。

好きな映画でした。様々な映画祭で受賞、さて、アカデミー賞前夜です。
基本、美形も出ないし淡々と生活が進む、という作品なので、退屈する人がいるのはわからないでもない、というところ。

我らが少女A

著者 高村薫
出版社 毎日新聞出版

この作品で合田雄一郎は57歳、警察大学校教授になっていた。
久しぶりに高村薫を読み始めて、緻密だなあ、うまいなあ、と、思っている。初期のものだって、何だろうこの銃の取り扱いについての詳しさ、とか、思った記憶があるが。うまいなあ、なんぞ一介の読者から言われる筋合いはなかろうけれど。

上田朱美という女性が殺された。同棲していた男が出頭する。朱美が使い古しの絵の具のチューブを持っていたエピソードが、供述の中で出る。前に野川公園で殺された人が持っていたものだと言っていたと。

コールドケースを扱う特命捜査対策室(って実在する?虚構?)に連絡が行き、当時担当していた合田へとつながる。

長身、ショートカットで女優志望と言っていた上田朱美、その中学高校時代の同級生たち、それぞれの視点で当時の思い出が描かれる。同級生の母たちや合田の記憶もまた。そして忘れていたこと、改めて知ったこと、少しずつ繋がって焦点を結んでいく先に。

それぞれ登場人物の嫌な部分も描かれるが、中でも一番最低な奴は、高校時代の朱美と付き合っていたらしい今では電通マンの玉置悠一だね。会田誠愛を自負するスノッブ変態男。東京高裁判事となっている加納祐介が澁澤龍彦など好きでも、それはさもありなむ感はあれど汚さは感じない。その加納祐介は、悪性リンパ腫を患い治療中。

収斂の先の結論は描かれない。推測を任される。
ADHDの男子同級生が、うーん……。それにしても薬の名前までしっかり調査して書くんだね。府中・三鷹・調布、武蔵野界隈をよく知る人には店の名前なども懐かしかったりするのだろう。

だいぶ前にactonさんもブログで紹介している『われらが少女A』、遅れ馳せの感想文?でした。ああ、高村薫サンは私と同学年という年齢だと思いますが、67歳の元美術教師・栂野節子を、老婆として扱っているね。だから何だって?いやいや。
直木賞作家だけれど、直木賞と芥川賞の違いは?を、問いたくなる作家の一人です。

飛ぶ孔雀

著者 山尾悠子
文春文庫

シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった。
と、始まる、火が貴重な世界、日本の、京都のようなどこかが舞台の話。
次の章で、四季咲きの桜などと言う馬鹿なものがあって、 とか、馬鹿馬鹿しいほど毒々しい取り合わせのツツジの満開 とか、同意!まことに!という思いで乗せられる。始まりは散文詩のようだ。
が、Ⅰ 飛ぶ孔雀 Ⅱ 不燃性について で構成されるこの物語、たいそう好みではありながら、2回読んでもわからない。なにがどうなったんだっけ?
普通、文末にある解説というものは、読者の理解を助けるものだが、解説者が金井美恵子と来ては、何の解説にも助けにもなりませぬ。ちなみにこの本は友人から貸し出されたのだが、その友人は解説を金井美恵子が書いている、という理由によって、手を出したらしい。

まあ、ある種のSFであり、異世界の物語である。
泉鏡花文学賞・日本SF大賞・芸術選奨文部科学大臣賞の三冠達成!と帯にある。それもわかる。が。もうしばらく借りておいてあともう一回読む日を待とう。その前に、この作家の別のものを読みたい。この作家の名前は記憶にあるのだから、何かを読んでいるはずなのだが。

なんのこっちゃな紹介文で申し訳ないが、なんだか地面がぐらぐらしている世界の、稀有な物語であるのは確かです。

春江水暖

http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
監督・脚本 グー・シャオガン
出演 チェン・ヨウファー ワン・フォンジュエン スン・ジャンジェン
音楽 ドウ・ウェイ

杭州富陽、大河・富春江が流れている。再開発の只中にある街。
母親の誕生日の祝いの席に集まった4人の兄弟、親戚たち。祝宴のさなかに母親が脳卒中で倒れてしまう。介護が必要となった母を、誰が介護するのか、という問題が起こる。黄金飯店というレストランを経営しているが金に困っている長男・漁師の次男・ダウン症の長男を一人で育て、あちこちに借金がある三男・独身の四男。
長男夫婦のもとにやってくる母親。世話をするのは長男の妻。

中国の地方のどこだろうと思いながら観ていたのだ、方言なのでまるで聞き取れない。広東語に似た言葉もあるが、イントネーションは北京語に近い。孫権がいたのはどこ?杭州だって。

どこの家庭にもありそうな地味なドラマはあるけれど、ストーリー展開を追いたい人には退屈そうな流れ。そうか、絵巻的なのか。長回しのカメラ。長男の娘の恋愛に、反対するその母。なぜなら自分が目論む別の相手となら、金銭問題が片付くから。地方都市はやっぱり論語の教え、親には孝行しなさい、なんだね。

そうは言っても時は移り、世は変わり行くのさ。

なにがびっくりって、その恋愛する娘カップルと倒れた母親は俳優経験があるが、そのほかのほとんどは、監督の親戚だったり知り合いだったり、演技の素人だったということ。

蘇東坡の詩の一節、竹外桃花三両枝 春江水暖鴨先知 から取られたタイトルだそうだ。そして、元の時代の画家、黄公望の『富春山居図』にインスパイアされた作品とのこと。侯孝賢・楊徳昌・賈樟柯作品などを思い起こさせる、のはまあそうだが、やはり別の個性が描く世界。どうやら続編制作のつもりらしいよ。

音楽を竇唯が担当、あの王菲が最初に結婚した、かつてロックバンド黒豹にいたことがある竇唯は、今では私がとても好きなタイプの音楽を創る人になっているのだなあと、終わりに流れる音を聞きながら思う。
1988年生まれの若い監督による、2時間半の映画です。2019年カンヌ国際映画祭クロージング作品。

私はあなたのニグロではない

監督 ラウル・ペック
語り サミュエル・L・ジャクソン

黒人文学のレジェンドであり公民権運動家でもあったジェームズ・ボールドウィンの視線で、アメリカと言う国の人種差別を見つめるドキュメンタリー。フランスで生活していた彼が、アメリカに戻る。アメリカ南部シャーロットの高校に黒人として初めて入学するドロシー・カウンツ、白人に囲まれ唾を吐かれる写真を見たことがきっかけだった。1957年の事。
メドガー・エバース(私はこの人について知らなかった)・マルコムX・キング牧師という公民権運動家たち(三人とも暗殺される)との会話、また、ロバート・ケネディとの対話なども出てくる。

2017年、異例のヒットをした作品だという。
Black Lives Matter 黒人の命も大切だ という運動、そしてコロナ禍以来目立って明らかになっているアジア人差別、公民権運動の60年代と、根っこのところで何も変わっていなかったことに気づかされる近年。カンフルって何だ?と思ったら、カンフーとインフルエンザをくっつけた造語、アジア人差別語だそうだ。
1960年代にあっては、ニグロと言う言葉は差別語ではなかったようだ。ニガーはその頃でも蔑視語だっただろうが。ネグロイド・モンゴロイド・コーサソイドなど人種の区別用語としてあったのだろう。

近頃の日本でも、韓国人・中国人に対する蔑視をあからさまにしたい人が増えているらしい。NET上では馬鹿な発言を繰り返す人々がいる。試しにDNA鑑定をしてみましょう、日本人のほとんどに中国、朝鮮半島の遺伝子があるはずだよね。なにかのきっかけで、蹴飛ばす、唾を吐きかける、出会い頭に殴る、という行為にまで至るのだろうか。

えーと。
確かに、“今”の映画なのだろう。幼稚園から人種やLGBTファミリーや職業や様々な混合の中で育つのでない限り、人は慣れないものに違和感を持ち、区分けしてしまうだろう。だから少なくとも知識として教養として、差別はノータリンの所業であると認識しなくては。教育は大事!だからちゃんと機会均等に教育を!あーこの日本でも塾に行けて十分な環境を与えられる人と、給食が無いとご飯すら食べられない子供との差が広がっていて、堂々巡りになってしまうけれど。教養の無い大統領が一人現れただけで、アメリカのおかしな部分がより露わになるし。最低限、本を読む人に政治家になって欲しいものだよ、ふん。

歴史を振り返りましょう。
GYAOで観ました。

詩人の恋

監督・脚本 キム・ヤンヒ
出演 ヤン・イクチュン チョン・ヘジン チョン・ガラム

看板に偽りあるような無いような無いような有るような、このタイトル。
舞台は済州島、職業・詩人 の、見た目冴えない男。ねえ、日本だと、詩人という職業で生活している人と言えば谷川俊太郎さん以外に思いつかないんだけど、韓国ではそうでもないの?という疑問を抱きつつ、時々クスッと笑いながら観る。その、詩が・・・微妙なんですけど、私から見ると、の話ですが。中原中也の時代か、と。

生活を支えるのは妻です。やっぱり。その妻が子供を欲しがり、妊活。詩人の精子が乏しいことがわかる。詩もスランプ。の、中、ぶち当たったようにドーナツ屋で働く青年を知る。ぶち当たり方がね、トイレの個室でもつれ合ってる男女を目撃、という、カタチなのさ。あれ?俺この男?女?いや、元から顔知ってるこのきれいな男の姿に興奮したのか?と、なる詩人。
その後、青年の恵まれない家庭環境を知り、なにかと手を貸すようになる詩人。

そりゃあね、形而上的な言語を操る詩人は現実社会をたくましく生きる妻との関係にずれを感じるでしょうよ、乏精子症という自分の身体的問題にもグラリと来たでしょう、妊活に励む妻から逃げたくもなることはあるでしょう。で、より弱い者を守りたくなる方へ、心が動くのですね。

で、それは恋なのか?そもそも詩人のくせにあんまり恋しないで結婚しちゃったらしいのがおかしくないかあ?
女性監督だから、ちょっと女性に対して意地悪な感じもあり、そうは言っても生活を担うのは大変なんだし。稼いでもいないのに詩人そんな・・・おーい。

コメディー粉まぶしの大人のおとぎ話仕立てな映画でした。