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「トリウム」燃料にした原子炉、安全性は

https://www.nikkei.com/article/DGXBZO34003940W1A810C1000000/
日本経済新聞

 

チェコ原子力研究所のウーリ博士に聞く

編集委員 滝順一

トリウムという物質を燃料にした原子炉に世界の注目が集まっている。現在普及している軽水炉の燃料に使うウランに比べて資源量に恵まれ、廃棄物の処分も比較的容易であるなど利点がある。トリウム炉の研究に取り組むチェコの企業、原子力研究所(Nuclear Research Institute)のヤン・ウーリ博士(同社フッ素化学部門長)は「安全性の面でも軽水炉より優れる」と話す。

チェコ原子力研究所のヤン・ウーリ博士(同社フッ素化学部門長)

――トリウムの研究を手掛ける背景を教えてください。

「研究所は民間企業で、国内で原子力発電所を運転するチェコ電力に対し安全や信頼性の面で技術支援をしている。チェコ電力が50%以上を出資する大株主だ。一方、政府でエネルギー政策の責任を担う産業貿易省からは、長期の研究課題として『第4世代』と呼ばれる次世代原子炉の研究開発を請け負っている。トリウム炉はその一環で研究している」

――それはどんな炉ですか。

「溶融塩炉と言って、核燃料のトリウム232を高温の溶融塩に溶かして使う。化学の世界でいう塩(えん)とは食塩(塩化ナトリウム)が代表的だが、陽イオン(食塩の場合はナトリウムイオン)と陰イオン(同じく塩素イオン)が結合してできた物質のことを指し、高温では溶融して液体になる。トリウム炉の場合、フッ化リチウムとフッ化ベリリウムというフッ化物溶融塩を使うことを考えている」

「トリウム232は天然に存在する物質だが、このままでは核分裂してエネルギーを生み出すことはない。核分裂の連鎖反応に『着火』するには、最初に中性子をあてて分裂を導く必要がある。中性子をあてるとトリウム232は核分裂性のウラン233になる。ウラン233は自然に分裂し中性子とエネルギーを出す。この中性子がトリウム232をウラン233に変換する役割を担うので、いったん着火すれば次々にウラン233が生まれ持続的に連鎖反応が続く」

「原子炉内で高温になった溶融塩を炉外の熱交換器に導いて熱を取り出す。こうしたトリウム炉は1960年代に米国のオークリッジ国立研究所で実験炉がつくられ、技術的な基礎は実証ができている。ただウラン235を濃縮して使う軽水炉がすでに普及段階に入っていたので、商業的な応用を試みることがなかった。しかし軽水炉に比べて優れた点がたくさんある」

――それはどんな点なのですか。

「まず資源面の利点がある。トリウム資源はウランの約4倍存在する。また核分裂反応の効率が高いため、原子炉におけるトリウム消費は極めて少ない。これがチェコがトリウム炉に関心を持つ最大の理由だ。チェコ国内には経済的に利用可能なトリウム資源はないが、ウランだけに依存するのは賢くない。世界を見回せば、トリウム資源を持つインドが研究に熱心であり、今年に入って中国も研究を始めていることを公式に明らかにした。中印ともウラン資源が乏しい国だ」

「第2に使用済み核燃料を捨てる処分場の問題が楽になる。軽水炉の使用済み核燃料は半減期の非常に長い放射性物質を含むため、10万年以上の長い期間の安全を考えねばならない。トリウムの場合は半減期が30年以内の放射性物質が大半だ。300年保管すれば放射能はほとんどゼロに等しいレベルに下がる。処分の安全は100~200年くらいを考えればよい」

――核燃料を高温の溶融塩に溶かした液体燃料を扱うのは未経験の技術で、安全面で問題はありませんか。

「トリウム炉は軽水炉の4分の1ほどの大きさで小型なうえ、炉内は大気圧になる。軽水炉のような高圧にする必要がない。安全面で有利だ。また仮に配管が壊れて溶融塩が漏れても、冷えてかたまり固体になるだけだ。放射性物質が飛び散るようなことは起きない。水と接触しても非常にゆっくり反応し爆発などの危険はない」

「液体状態の燃料を使う利点のひとつは、運転しながら不要な成分を分離することができる点だ。核分裂反応でできた副産物を抜き取ることによって、運転を止めた後にも出続ける崩壊熱は非常に少なくでき、福島第1原発のように崩壊熱によって事故が起きることは考えられない」

――発電コストは高くなりませんか。

「研究開発段階で、コストの議論するのは難しい。軽水炉は炉の材料がステンレスだが、溶融塩炉は腐食に強いニッケル合金にする必要がある。チェコの重工業メーカーであるシュコダ社は溶融塩炉のための新しいニッケル合金を開発している。しかしステンレスはこれまで様々な用途に広く使われ、その性質についての知識が多く蓄えられているのに比べ、ニッケル合金はまだそこには達していない」

「コストの問題というのは、優先順位の問題だ。軽水炉はウランの利用効率が悪く、使用済み核燃料の問題があり、資源の使い方としては賢くない。資源と廃棄物のことを優先して考えればトリウムが優位といえる」

「また溶融塩炉は800度の高温であるため、熱利用に適している。高温蒸気で水を分解し水素を生産するなど発電以外の使い道もある」

――トリウム炉の研究はこれから世界的に活発になっていきますか。

「福島事故で安全性の高い原子炉への関心が高まっている。今よりお金がかかっても廃棄物の問題のない技術がほしいと考える人が増えている。自動車の排ガス対策と同じで、排ガス浄化用触媒などにコストがかかってもよいから、より環境によいものを求める声は強まるだろう。チェコは日本や米国とこの分野で協力を深めたいと考えている」

――ドイツが脱原発を決めるなど原子力そのものに後ろ向きの国が欧州では増えています。

「ドイツはチェコより豊かな国だ。様々な選択肢をもちうる。チェコは製造業が強い国で成長の途上にある。原子力による安価なエネルギーが必要だし原子力発電所を輸出していきたいとも思っている」

 ■取材を終えて
トリウム炉の利点を理解するのは簡単ではない。とりわけ、なぜ廃棄物の処分が容易になるのかは専門的な話だ。カギになるのは、トリウムが転じたウラン233を核燃料に使うことにある。軽水炉ではウラン235やプルトニウム239が燃える。この違いが燃え残りの放射性物質の組成の違いを生み、長期の管理を楽にする。もっとも100年以上の管理というのもなかなか大変だ。
トリウム炉の研究は日本では電力中央研究所で小規模な研究が行われきた程度で本格的に取り組まれたことはない。近年、米国がいったん失った興味を復活させ研究に前向きと伝えられるほか、中国科学院が今年1月に自主開発を宣言、「30~40年後にはエネルギー供給の柱になるかもしれない」との見解を示した。
中国では希少資源のレアアースを採掘し精錬するプロセスで大量のトリウムが廃棄物として生まれていた。この廃棄物が一転して核燃料になるというのも中国にとってうまみのある話だ。
福島事故以降、日本では原子力政策の抜本的な見直しを迫られている。この次世代技術をどうするか、議論はまだほとんど聞かれない。