
山崎ナオコーラ著。河出文庫。
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ぶらぶらと垂らした足が下から見えるほど低い空を、小鳥の群れが飛んだ。
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と始まる。なんだ?あー、小鳥の足ね。にんげんの足をイメージしてしまった。
39歳のユリちゃんと美術の専門学校の学生のオレ、の、恋愛、セックス。まあ、はっきり言えばその学校の教師であるユリちゃんに押し倒されたようなその関係、しかもユリちゃんは既婚。そのだんなさんである猪熊さんに、ちょっと好意を抱いてしまうオレ。なんんだかわかるようなわからないような悩みを抱えているユリちゃんに、結局振られてしまうオレ。
女性にとっての夢みたいな小説、とも思える・・・。若い男性が読んで、どうなんだろう。若い男性にとっても、やっぱりある種夢みたいな、小説だろうと思う。ぴちぴちギャルにしか興味のないオトコノコもいるだろうけどね。ワタナベジュンイチと言う人がいつもある種の男の夢みたいな小説を(本人は現実を書いているつもりだろうけど)書いていて、読みたくもない私ですが、そういうのと、は、違う。言葉、表現のセンスがね、まるで。






通い始めた頃の中国語講座の、隣のクラスの先生は、南日本新聞に連載されていた「日中おうらい」をを書いている人だった。ラジオやテレビの中国語講座を頼りに独学で中国語を勉強しているころ、中国関係と見ると何でも飛びついたものだったのだ。が、そんなことを抜きにしてもとても楽しく読めて発見が多い読み物だった。
文庫化で再読。できるだけ同じ作家の作品は取り上げないよう心がけたいのですが、柴田よしき作品感想文2作目です。
ハヤカワ文庫
初めて浅田次郎を読んだのは『蒼穹の昴』だった。その年の私のベスト1を、『斗南の翼(12国記シリーズ)』-小野不由美著-と争ったのだったと思う。
「我が手に拳銃を」第一刷は1992年講談社より出ています。が、現在は古本しか手に入りません。これを元にしてあらたに書き下ろした作品が「李歐」講談社文庫。
この本を手に取ったのは、「青鳥」にチンニャオと北京語読みの振り仮名があったから。ヒキタクニオという作家の名前を見た憶えはある、という程度。中にもちりばめられている中国語読みの振り仮名が、なれない人にはしばらくわずらわしいかも。