去年の雪

著者 江國香織
出版社 角川書店

kozo no yuki と、タイトルの上にある。
だけど、去年の雪はどこに行ったんだ?
というフランソワ・ヴィヨンの詩の一節から取ったタイトルであるらしい。

人が事故死するシーンがまずある。
一行空くごとに、登場人物が代わる。時代もずれる。ずれるどころか、平安時代と思われる話の中に、現代で起こっていることの欠片が迷い込む。死んだ男の魂なのか、別の時代の状況を眺めている。江戸時代の景色に、現代の誰かが遊んだシャボン玉がいくつも浮かぶ。ここでふいに無くなったトイレットペーパーが、別のどこかの買い物に紛れ込んでいる。烏が別の時代の物を運んでくる。

今死んでいることを進行形で感じながら死んで、どこかの時代に魂か何かの姿で迷い込んで、ぼんやり眺めている、たまにはその姿を見られる。いつか少しずつ意識が薄れていく。と言う死に方(ではないか、存在の無くなり方)は悪くないなあ、と思ってしまった。
久しぶりに江國香織を読んだ。好き嫌いが分かれるであろう作品、私は好きです。装丁も好き。

エリザベスの友達

著者 村田喜代子
出版社 新潮社

老人介護施設に入所している人々。
若い頃の記憶が、現在の生活に混入してそのことが何ほどの不思議もない人々。
誰かが 帰る と言うと、次々に、帰る 帰る と言う。

満州開拓団で苦労した女性。天津でイングリッシュネームで呼び合い、豊かな暮らしをしていた人。

垣根の垣根の曲がり角 と言う“たきび”の歌が昭和16年生まれで、歌詞の焚火が敵からの攻撃目標になる、とか、落ち葉は風呂を焚く資源である、なんぞと言われてラジオの放送予定が縮められた、なんて話や、“蛍の光”には昔、3番4番の歌詞があった、と言う話、ロンドン橋落ちた、の歌は実は結構怖い、とか、初耳、へーえ、なことがいろいろと。
みみそらコーラスと言うボランティアが、アリランや軍歌や、古い歌を歌ってくれるのだ。

エリザベス は、満州皇帝溥儀の皇后婉容のイングリッシュネームなのだが、自分の英名だったサラを忘れて、エリザベスと名乗るひと。

みんな、帰る っていうんだよねえ、と介護の日々を思い出す私である。ここではないどこか、帰ってきても又、帰ると言う母は、昭和の実家に帰りたかったのだろうか。その母が大腿骨骨折で入院していた時、よく見かけるとても知的な認知症女性がいたことも思い出す。認知症であることと知的であることは両立するんだよ、不思議と。

もう誰も私を名前で呼ばぬから エリザベスだということにする
という松村由利子さんと言う歌人の短歌が契機となって、書かれた小説だそうだ。

素晴らしき眺め

監督 文牧野
出演 易烊千璽 王傳君 徐崢 章宇 田壮壮

深圳でスマホ修理屋という仕事をしながら小学生の妹と暮らす青年。妹は、亡くなった母と同じ心臓病で、二年以内に手術をしないといけない。手術代のため、不良品として返却されたスマホを甦らせて正規品として使えるようにする(正式な呼び名を何とか言ってましたがわかりまへん)というビジネスを始める。工場を借り、従業員を集め、細かい作業を指示し、家賃や給料やその他維持費のために高層ビルの窓拭きもする。

なんかねえ、初めのうちこのストーリーはどちらに転ぶんだろうなど思うし、ちょっと乗り損ねていたのだ。
元々自分の部屋の家賃すら滞納している状態で始めたし、次々問題は起こるし。

『薬の神じゃない』の監督、『少年の君』の易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)主演、で、見たことあるぞ、と言う俳優が続々出てくる。そして妹役の女の子がまあ可愛い。そしてあれ?広東語の歌が流れて…そうか、深圳は香港の隣だ。そのうち乗せられていた。
子役上がりのアイドルという易烊千璽が、この作品でもとても良い、脇役もみんな良い。
で、最後に流れるBeyondの「海闊天空」!

Netflixで観たと、某ブログで教えてもらったので、早速視聴。
主人公の名前が景浩(ジンハオ)、スマホ修理店の名前が好景(ハオジン)、これ、良い景色と言う意味になるから、タイトルが 素晴らしき眺め なんだけど、原題『奇跡:笨小孩』。笨小孩は、莫迦な子、、莫迦なガキ、ぐらいの意味。

三千円の使い方

著者 原田ひ香
中公文庫

人は三千円の使い方で人生が決まるよ、と祖母は言った。という始まり。
後にわかるが、この祖母の年齢は現在73歳、孫が中学生の時にその言葉を口にしているのだが、その孫・美帆は、現在OL。で、5歳年上の姉がいて、姉には子供がいる。ちょっと早めに結婚する家系?は、ともかく、令和の祖母の言葉かな?森光子さんぐらいが73歳の時に口にするなら自然だけど。
と、思って作者の年齢を調べたところ、1970年生まれ。ふーん。きっと若い女性の描くイメージだと思って読んだが。

御厨家のそれぞれの世代の、様々な形のお金との向かい方が短編の連作のかたちで描かれる。
クレジットカードを、キャンペーンでポイントが高くなった時を狙って作り、半年に一度くらい、まとめて退会する、なんて地道な稼ぎ方があるなんぞ存じませんことでした。

このおばあちゃんに近い年齢の私だが、イマドキ70代で何かしらの仕事をしている人は珍しくないと思われる。毎日出勤、8時間労働している人は少ないだろうけど。
そして自分がこの中で一番誰に近いかと言うと、何の計画もなく稼いでは使って年金も払わずに生きている男に…近い、情けない。

あちこちで書評を見たと、友人が読後に貸してくれたもの。ライトノベルな感じですぐ読める、そしてすぐ忘れる私であるよ。

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

監督 張芸謀
出演 チャン・イー リウ・ハオツン ファン・ウェイ

文化大革命の時代。
ひたすら歩いて、村で上映する映画のフィルムを手に入れようとする男。同じくフィルムを狙う少女。
『あの子を探して』とか『至福のとき』とか、張芸謀監督の地味素朴部門に連なる作品なのだが。まあとにかく画面が汚いし、乱暴だし、そんな砂漠でそーんなに歩いたらすーぐ熱中症になるだろ、と思ってしまうし、なかなか入り込めない。

男が、どこか捕まって収容されてたところから抜け出してきたらしいことは見えてくるのだが。
女の子は何故フィルムを狙うのか?が、まあ日本人には思いもつかない理由による。勉強ができる弟のために電気スタンドを借りた、その傘は映画のフィルムを張り巡らして作ってあった。そしてその借りものが燃えてしまったので、何とか手に入れようと・・・。

この映画、2019年のベネチア映画祭で上映予定だったのが、どうやら検閲で引っかかったらしく、技術上の問題ということで延びてしまったのだそうだ。おそらくそれでカットされた部分に、もう少し事情が分かる場面があったのだろう。
娘がニュース映像に写っていると聞いて、強制収容所を脱出してきた男、たった一秒の画面を繰り返し見る男。パンフレットには、娘が亡くなっていることが書かれているとか。

もう一人映写技師の男が良い。

女の子を演じたリウハオツンはオーディションで選ばれてから制作開始までに時間がかかったためにすでに成人となっていたそうだが、小娘にしか見えない。

中国版ニューシネマパラダイス、今一つ乗り損なう気分でいた私には、観終わってからの方が、記憶に残る作品、と言う感じになっている。
幻の最初の編集バージョンを観たいものだな。

三体

著者 劉慈欽
出版社 早川書房

数年前から評判は聞こえていた。
三部作、単行本で5冊。文庫に入ってから読むつもりだった。
テレビ番組で、読書芸人さんたちが口をそろえて、あれは面白いと言っていたのだ。
読み始めることとなった。

文化大革命の時期の中国に、地球外生命体を探す基地がひそかに存在した。
紅衛兵によって物理学教授であった父を殺された女子大生葉文潔が、そこにかかわることとなり、秘密裏に地球の情報を宇宙に向けて発信しはじめる。
と、いうところから始まり、三体人がそれを受け取り。

三体世界は太陽が3つある非常に過酷な環境にあり、三体星人は脱水して危機の時期を乗り越えるのだ。

で、彼らはもっと生存環境の良いところを求めていたわけだよ。

地球では、環境破壊など地球の在り様に不満がある人々が、地球三体組織というものを作り、三体世界の文明を取り入れようとしている。

三体が、地球を乗っ取るために地球人類を滅ぼしに攻めてくることが、ある日わかる。が、三体世界から地球まで到達するのに数百年かかる。そこで。

物理について一から教えてくださいませんか、いや、ゼロから、と、思うものであります。ちゃんとした知識があれば、いろいろと突っ込みどころがあるらしい。11次元から2次元に展開させるとか、何のことやらわっからないことだらけなのだよ。

三体人のコミュニケーションは、思念がそのまま伝わるものなので、思ってもいないことを言葉にすることは無い。それが地球人と違うところで。そこを何とか、と、地球人は画策する。

田中芳樹の“銀河英雄伝説”とか、鹿児島は知覧の特攻会館とか、中国人作家の文章にホイと出てくるのはなかなかびっくりする。物理でいう陽子のなにやら変化形であるらしい智子(ソフォン)というちいさなちいさなスーパーコンピューターの、仮に実体化した姿(すみません、説明できなくて)の女性が、背中に日本刀を背負っているとか。キル・ビルか?

読み始めた時は、ロシアとウクライナの問題は起こっていなかった。
すごく面白い話だけれど意味不明すぎて始終前に戻って読み返したりして、時間がかかっているうちに、戦争が始まった。ので、宇宙戦争であろうと地球のどこか一部であろうと、戦争というものの在り方は同じだ、と、リアリティをもって感じられる気がする。

人間が冬眠する技術が開発され、さまざまな時代の人が同居している未来の地球、ということもなかなか荒唐無稽だが、シリーズ最後「三体Ⅲ」になり、その結末がどうなっているか?
壮大もここまで行くか!の素っ頓狂さ。

とにかく、宇宙には無数の〇〇人がいるらしいよ。
ネットフリックスが映像化するらしいけれど、どうやって?

三体1を英語に翻訳したのは『紙の動物園』のケン・リュウ、それから世界中いろいろな言語に翻訳され
ている。

ドライブ・マイ・カー

https://dmc.bitters.co.jp/
監督 濱口竜介
出演 西島秀俊 三浦透子 霧島れいか 岡田将生

さて、
ドライブ・マイ・カー を、やっと観ました。
霧島れいかが良い、三浦透子がとても良い。
もちろん、主演は西島秀俊なのだが、そして優れた作品なのだが、少し時間がたった今、女性たちが印象に残っている。

今私が観る映画じゃなさそうだ、という、なんとなくの予感があって、それはその通り、というか、身近な人を失った経験がまだ古くなっていない者には、ちょっと痛いし。

サーブという車はもう製造していないよね、昔知人が乗っていたなあ。赤ではなかったけど。

劇中劇の「ワーニャおじさん」、手話を含め、多言語で進んでいく芝居を、実際に観てみたい気になります。

優れた日本の映画です。この映画の人物たちぐらいの年齢の時に観たかったかな。

再会の奈良

https://saikainonara.com/
監督 ポン・フェイ鹏飞
エグゼクティブプロデューサー 河瀨直美 ジア・ジャンクー贾樟柯
出演 イン・ズー英泽 ウー・イェンシュー吴彦姝 國村隼 永瀬正敏 秋山真太郎

まず、太平洋戦争が終わり、中国残留孤児ということが起こる事情が、アニメであらわされる。

奈良の居酒屋。客の男が店で働く娘に声をかける。「言葉が少し違うようだけどどこの人?」「日本人ですよ」
日中混血で中国生まれのシャオザー=清水初美を頼って中国から陳おばあちゃんがやって来る。中国残留孤児の養女、麗華が日本に帰ったのだが、この数年連絡が途絶えたので、なんとか捜したいと。
居酒屋で声をかけてきた男は、元警察官だった。ふとした出会いから、3人であちこち歩きまわって消息を探ることになる。

日本語がわからないおばあちゃんが、肉屋で買い物をしようとする。メエエ と、鳴き声を示しているのだと気づいた肉屋の店主と、鳴き声でのやり取りするおかしなシーン、店主役は監督だったそうだ。結局羊肉は売っていなかった。
フィルム式のカメラを持ってあちこち撮影していたおばあちゃん、公園で子どもたちを写したりしていたが、シャオザーが気付く、肝心のフィルムが入っていなかった。
など、チラチラ笑いを誘いつつ。そうそう、音楽を担当している鈴木慶一サンもひょこっと顔を見せる。

監督は北京生まれだけれど、パリの映画学校を卒業、台湾のツァイ・ミンリャン蔡明亮の助監督、韓国のホン・サンズ監督作品のアシスタントプロデューサーなど経験しているそうだ。で、この映画のエグゼクティブプロデューサーとして贾樟柯監督が参加している、のだから、観終ったあとで、ん?どうだったんだ?と思った人もいるよな、という、表現になっている。

テレサ・テンの歌声で、Goodby My Loveが流れる。アン・ルイスの。
おばあちゃん役の吴彦姝さん、「花椒の味」にも出ていたし、よく見かけるお顔。
中国残留孤児という存在を、知らない人も多くなったのだろうなあ。あ、時は2005年ということになってます。

ブルー・バイユー

監督 ジャスティン・チョン
出演 ジャスティン・チョン アリシア・ピカンダー マーク・オブライエン リン・ダン・ファン

3歳で養子としてアメリカに来た韓国生まれの男アントニオ。シングルマザーのキャシーと結婚し、娘のジェシーと三人で暮らしている。生活は楽ではないが、幸せな暮らしだった。ある日、ちょっとしたトラブルで警官と揉め、逮捕されてしまう。そして、法の不備により彼がやってきた時代には養子となっただけでは市民権が無いことが発覚、国外追放されることになる。裁判を起こそうとするが。

韓国系アメリカ人の監督が主演もしている。映画冒頭で水辺をボートで進みながらウリアガウリアガという歌が流れる。私の赤ちゃん という意味だと、韓国ドラマをたくさん見ている人にはわかるよね。

とんでもねーサイテー警官が出てくるが、アメリカのニュースでよく見る警官の黒人差別、あるいはコロナ禍後のアジア人差別、ばかりではない、日本の入管のおぞましい横暴など思い起こす。日本で生まれ育ち、日本語しか話せないのに、親が出稼ぎに来て労働ビザとか切れていて国に戻れと言われ…という裁判の話なども。

おいおいおい、そんなことやめろ!という事態も起こり。

ベトナム難民女性との出会いがあり、パーティーに呼ばれる。妻が歌う『ブルー・バイユー』がとても良い。
帰宅してからロイ・オービソンとリンダ・ロンシュタットで聞き比べましたよ。Bayouって細くゆっくり流れる小川だって。

娘ジェシーが泣かせます。
でもね。韓国では(日本でももちろん)そんなタトゥーだらけでは仕事に就けないと思うよ。言葉は?
なんとかまともに働く道がみつかることを祈ろう。

我が心の香港 映画監督アン・ホイ

監督 マン・リムチョン文念中
出演 アン・ホイ許鞍華 ナムサン・シー施南生 ツイ・ハーク徐克 フルーツ・チャン陳果 田壮壮 侯孝賢 アンデ    ィ・ラウ劉徳華 賈樟柯 シルヴィア・チャン張艾嘉 ジョセフィーン・シャオ蕭芳芳

『女人四十』という大好きな作品があるのだが、それ以外には『桃さんのしあわせ』と、自らのルーツを探る形の『客途秋恨』ぐらいしかアン・ホイ作品を観ていないかもしれないことに気づいてアーレ―!と思う。お、『傾城の恋』も彼女だったか。
中国人の父親と日本人の母親の間に生まれ、香港で育った女性監督アン・ホイ。母親が日本人だと知ったのが十六歳の時だったという。香港人にしてみれば侵略者としてしか認識していなかった日本人。だが、それを知ったことで母親を理解するきっかけになったらしいのは興味深いことだった。
映画界はどこでもまだまだ男社会だろう。その中で、1980年代から活動し続けている。キン・フー監督のアシスタントから始めたそうだ。どちらかというと社会派という認識だったが、『極道追踪 暴龍in歌舞伎町』ってなんやそれ?多岐にわたっているようだ。

彼女を語る監督や俳優陣が豪華なこと、中華電影好きにはまことにありがたい次第。女人四十の主演女優ジョセフィーン・シャオさんは映画界を退いて久しいから、こんな機会でも無ければ目にすることは無かったかも。DVD欲しいと思ってしまったよ。

もうだいぶ前から、香港映画と言っても大陸の資本が入っている。今や一国二制度など雲散霧消してしまった。この先も香港で映画を撮り続けるということは?
エネルギッシュを絵に描いた、みたいな彼女だから、何かしらうまくかいくぐって香港映画らしい作品を見せてくれますように!