本なら売るほど

著者 児島青

HARTA COMIX

金曜日に、この『本なら売るほど』1と『壇蜜』(清野とおる著)を買った。月曜日に、近所の書店に本なら売るほど2があったので求めた。そして、『壇蜜』と共にマンガ大賞2026にノミネートされていることを知った。

古本屋ねえ、今ではわざわざ出かけて行かないなあ。古本屋街があるなら、ぶらぶらするかもしれないが。ブックオフだって近所にあった頃は覗いたけれど、私の通り道にあったものは閉店した。

が、これを読んでしまうと古本屋が恋しい気分になる。寺田寅彦のエッセー?読んだっけ?森茉莉はまだ持ってる。新潮文庫の天だけギザギザなのか。2で大漢和辞典を買うバイオレット淳一さんは、まるごと明らかにタブレット純さんの風貌だ。かっこいい着物姿のお婆さんと着物をあだっぽくゆるく着たい若い女が出てくる章の半七捕物帳(岡本綺堂)はドラマでしか知らない。読んでみようか。

ともかくこれは新刊が出るたび手を伸ばすだろう。あと、先日亡くなった久米宏さんのテレビ番組『久米書店』の店員として出演していた壇蜜の発言、センスを私は好きだったが、まあここまでヘンな人だったか、と思う『壇蜜』も、次が出たら買うに違いない。

 

カストロの尻

著者 金井美恵子

中公文庫

スタンダールの『カストロの尼』って読んでる?私は読んでいない。

だからこのタイトルはパロディなのだが。

私はこの本をものすごーく時間をかけて読んだ、と言うより3頁とかそのくらいしか一回に読み進めなかったのだ。二つのエッセーの間に10編の小説と、あとがきにかえて1、あとがきにかえて2、付録、と、そこまでが作者の文章となっている文庫。金井美恵子は読みにくい。わかりにくい。そんなことは知っている。でも出会うと読んでしまう。なぜかというと長ーい散文詩のようだから。わっかりにくく知識量があまりにも付いて行けないにもかかわらず。そしてもう一回読み直そうと思って挑戦中なのだが、いや、そんなことしたって理解が進むことは無いと気付き。

時にその何かのパロディ、何かのもじり、見事な勘違い当て字、などに笑うのだが、私が気づいたのは、実際に散りばめられているものの何パーセントなのだろう。書物、映画、出ているものを全部読んだり観たりしていたら。昭和ノスタルジー的な部分なら私の世代にはわかるが。

谷崎潤一郎の『鍵』の老人の年齢が数え年56歳なんだってさー。

私がまだ十代だった頃に詩人として知った作者は、何かの雑誌で確か澁澤龍彦の隣にいた、と思う。ショートカットの少女…ったって私より年上なのだから少女なはずは無いが、極端に賢い少女っぽかった。そのイメージのまま、これが単行本で出たのが2017年、1947を引くとその時点で70歳の作。芸術選奨文部科学大臣賞受賞作ですと。

で、『カストロの尼』本家の方もそのうち読みます。

ひとつの机 ふたつの制服

監督 ジュアン・ジンシェン(荘景燊)

出演 チェン・イェンフェイ(陳妍霏) シャン・ジエルー(項婕如) チウ・イータイ(邱以太)

1997年、受験に失敗、母の勧める第一女子高校の夜間部に進学した小愛。全日制の方で同じ机を使う敏敏と、机の引き出しに手紙を入れる方法で文通を始めるこの高校では机友(デスクメート)という言葉が存在している。

全日制と夜間部では、制服は同じだが、胸の刺繍の色が違う。

敏敏から、学校をさぼる目的で制服を交換することを提案される。その後、小愛も全日制の制服を着て二人で出かけるようになる。敏敏は優等生だから、それでもやっていけるらしいが、夜間部に行きたくなかったのでそもそもあまりやる気の無い小愛の学校での成績はどうなる?

卓球場でアルバイトしている小愛は、男子高校生と知り合い好意を抱くが、実は敏敏が思いを寄せているのも同じ人で。

私が通った高校にも、その当時夜間部があり、それは高校名も別の名前だった。昔のことだから、働きながら高校に通っている、という人たちだった。

夜間部や通信制の学生というと、全日制に比べて学力は下と、周りからは見られる。2025年の今は、進学した学校に合わない、向かない、或いは何かしらのいじめ、などで通信制高校を選ぶ人はたくさんいるが、この映画の舞台は1997年である。全日制の側からはやはりレベルが低いものと見られ、夜間部の側では劣等感を抱く者が多い。その中で、いつかはちゃんと言わなきゃ、と思いながら進学校生徒気分を味わっていた小愛。が、ドンと差別視とぶつかることがあり。

さてさて、いろいろあってちゃんと大学受験して合格した小愛は、どういう学部を選んだのか、気になったな。敏敏にも事情があったことも最後に明かされる。

で、この高校生役の俳優たち、1999年とか2000年生まれなんだよね、去年公開の作品だから、24~25歳で演じていたのねー。高校生にみえたけどね。

 

 

 

二つの月の記憶

著者 岸田今日子

出版社 講談社

小説現代増刊「メフィスト」に連載された短編集、ということだが、メフィストと言うものの存在を知らなかったな。

最初の『オートバイ』、その後半に、マンディアルグの『オートバイ』と言う小説を、かつて愛した若者がくれた、というエピソードがあって。1968年の映画ではアラン・ドロンとマリアンヌ・フェイスフルで『あの胸にもう一度』と言うタイトルになった、けれど、原作では禿げた中年の哲学者で、などと思い出す。そしてそこからインスパイアされたかという物語を岸田今日子さんはこんな形に紡ぐかー…。

メフィスト はミステリー・伝奇小説・SFなどの分野のものだそうで。でもこの短編集をどんなジャンルにくくるかというと、むずかしい。かつて「子供にしてあげたお話してあげなかったお話」を読んだ、そのあと私はなぜこの人のものを読まなかったかなあ、と、思う。女優の書いた物語ではない、本物の書き手による(女優としての物語が、最後の『引き裂かれて』であるが)、稀有な作品だと思う。

2005年に連載されて、2006年12月には76歳で亡くなっている。

私のことだま漂流記

著者 山田詠美

講談社文庫

山田詠美のデビューからファンだった。

いつの間にかあまり読まなくなった。何かで今は日本人と結婚していると知って驚いた。

かつての彼女の作品で、基地の黒人の恋人との奔放な真摯な恋愛模様、別れなど描かれていた、それが非難されるべき生き方などとは微塵も思わなかった。が、当時、一部のオジサンたちには面白くないことであったらしい。へーえ。実に、へーえ。確かにクラブのホステスなどの職業、黒人と付き合う女たち、恋愛の合間に軽食のような関係を持ったり、私の知らない世界で物語は動いていたけれど。

野坂昭如が言ったそうだ。「そりゃ嫉妬だよ、だってあなた小説うまいじゃないの」何かに秀でた女に嫉妬する男は何かしらケチつけるものを見つけようと躍起になる、のだって。令和の今、芥川賞であれ直木賞であれそのほかの文学賞であれ、女性の受章者は多いよね、実に隔世の感。

半村良、久しぶりに目にした名前だ、彼の言葉に“作者は読者のなれの果て”というのがあるそうだ。なるほどね、作家の皆さんどちら様も、どこにそんな時間があるんだか、誠にによく読んでいらっしゃると思う。例外として先日見たテレビ(あの本読みました?)の中で若い理系の作家さんが、読まずに生きてきて、突然ストーリーが湧いた、デビューしてから読んでいる旨の話をしていて、驚いたが。詠美さんも本ばかり読んでいないで、と言われる子どもだったようだ。フランソワーズ・サガンの『悲しみよ こんにちは』に出会って酔う中学生…今では存在しないだろうなあ。えーと、現国の教科書読むのが楽しみだったのは、私も同じ。

湾岸戦争が勃発し、「湾岸戦争に反対する文学者同盟」と言うものができて誘われた時の話。夫がアメリカ軍人なのに行けるわけない!という、まさに当事者だった彼女の叫び。

宇野千代ファンなのは知っていた、さもありなん、な気がするが、河野多恵子が都度都度適切なアドバイスをくださった、と言う。そしてうっかり河野先生、と呼んだら、あなたの先生は宇野千代だけじゃなかったの、と意地悪な声音で言われた、って。

田中小実昌、水上勉、ほかいろいろな作家の名前が出てくる。ストリップ小屋でのアルバイトを終わる時の、そこの主のようなオジサンとの話も良い。

1959年生まれの詠美さんだったか。そうか。

 

 

 

 

すべての月、すべての年

著者 ルシア・ベルリン

講談社文庫

書店のお薦めコーナーに並んでいて、手に取った。予備知識無し。

短編集。読み進むと連作のようになっていることに気づく。その一作一作、ずしりと響く。作家の自伝的なものであるようだ。父親が鉱山技師で、北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごした、のだそうだ。3回の結婚と離婚、4人の息子を育てながら教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働く。アルコール依存症だった。書くことの才能が有るなら、ネタは満載の人生。

一作目が、メキシコのもとは工場だったらしいところでたくさんの女たちと堕胎手術を・・・受けないで帰る。堕胎を勧めた女友達に、あきれた、と言われながらもなんだか空気が澄んでいるような話、『虎に嚙まれて』。最後の作品は、実際晩年に書かれたものらしい。70歳で酸素吸入していて関節炎を患っている女性が、トイレの床のタイル貼り工を探して電話し、答えてくれた男の声が、ハスキーでノンシャランで、笑いとセックスが見え隠れする声、だった。来たのは大男でとても太ってとても年取って臭くて、一発で気に入った。418頁から424頁までの短い話。

本作より先に、2019年に『掃除婦のための手引書』が出版されていて、それは全作品76編の中から43編を選んで、2015年に出版された『A Manual For Cleaning Woman』の中から24編を訳したものだった。本作でそのすべてが日本語訳された、ということだ。

かつて知る人ぞ知る、という作家だった人が、広く知られた、ということになった。私はまーったく知らなかったが、『掃除婦のための手引書』は本屋大賞翻訳部門で2020年の第二位だったそうだ。寝る前に本を読む習慣の私は、一晩一遍読んだら本を置き、たっぷり時間がかかることになった。かなり悲惨な状況も描かれるが、その孤独に、自己憐憫が無い。

 

 

菜食主義者

著者 ハン・ガン

出版社 クオン

ハン・ガンを今まで3冊かな、読んできたが、4作目…う、何?

ブラジャーを着けたがらない、ということはあったが、夫にとってごく平凡な、良い妻だった。ある日、夢を見た、と言って、一切の肉料理を放棄するようになった。血塗られた夢たち。眠ると血まみれの夢を見るから眠らなくなる。

無理やりに娘の口に肉を詰め込もうとする父親。家族。

野菜しか食べられなくなった、植物になりたいと思う女の『菜食主義者』、その義兄である舞台?映像?の演出家であるらしい男が主役の『蒙古斑』、演出家の妻、菜食主義者の妹による『木の花火』の連作。

阿部公房を思い出すような世界の飛び方。だがある種の韓国映画の世界でもあるなあ。

なるほどこの作家はノーベル賞受賞者なのだ、と。

儒教的家父長制の残る韓国、その抑圧、無理解、などで説明してもあまり意味は無いかもしれない。

『蒙古斑』の話の中で、ある意味救われそうになる。バタバタと叩き壊されていくが。私にはこの話が一番、何がしかわかる気がした。

作家の後書きに、これを書いていた頃のメモが紹介されている。慰めや情け容赦もなく、引き裂かれたまま最後まで、目を見開いて底まで降りて行きたかった。もうここからは違う方向に進みたい。

作家の父親も韓国では著名な文学者・漢勝源であり、中上健次と親しかった、のだそうだ。なんと中上健次。

 

ファラオの密室

著者 白川尚史

宝島社文庫

舞台は古代エジプト。

死んでミイラになった(そのように加工された)神官のセティ、心臓に欠けた部分があり、死後の審判を受けられない。なので心臓の一部を取り返すため、地上に戻ることになる。腰から下はミイラとなるために木でできた義肢、義体というかたちのまま。期限は3日間。

で、現世の紀元前14世紀エジプトではその身体の彼を、驚きながらも普通に受け入れるのだ。と、いう設定を作家が想起したところで成り立った物語で、そしてこの物語の最後あたりで腰から下が木製であることの意味が…。

先王アクエンアテンの遺体が消えた。多神教のエジプトにあって唯一、アテンという一神のみが神だとした王。

古代エジプトと言えばクレオパトラ、ツタンカーメン、ネフェルティティぐらいしか名前を知らないが、古代エジプト物のマンガも結構あり、出てくる神の名などはまあまあ聞き覚えがある。アクエンアテンの息子が、トゥクトアンクアテン改めトゥクトアンクアメン、つまりツタンカーメン、だって。

幾重にも頓狂な設定の中を淡々と(かな?)物語が進み、解き明かされていくファンタジーなミステリー。私は楽しく読みましたよ。

東京大学工学部卒の作家で、ほかに職業があって取締役兼執行役、だそうで、このミステリーがすごい!大賞受賞作。

 

 

 

 

 

 

鯨が消えた入り江

監督 エンジェル・テン

出演 テレンス・ラウ 劉 俊謙  フェンディ・ファン范少勳

ポスターでは一人の青年がもう一人の肩に頭をあずけている。そういう話?と思わせて、ちょっと違う話。

香港の人気作家である天宇に盗作疑惑が浮上。傷ついた彼は、台湾のどこかにあるという“鯨が消えた入り江”を探しに行く。かつて文通していた台湾の少年がそのことを教えてくれたのだ。

台湾の繁華街で酔いつぶれた天宇を、チンピラの阿翔が助ける。彼の部屋にはレスリー・チャンの映画のポスターがあれこれ貼られている。阿翔が“鯨が消えた入り江”に案内すると言う。初めはバイクで、後には旧型の車であちこちに連れまわすが、目的の入り江ではない。チンピラ仲間にも追われている。

台湾の田舎の深い緑、海の美しさ、そして誰かさんが亡くなったシーンの90年代香港映画っぽさ(90年代だったらこうやってアンディ・ラウが死ぬ)!、ファンタジーな作り、どれを取ってもわたくし好みなのであり。そういうお方に観てほしい、レスリーファンに観てほしい、ので、ネタバレ的説明は致しません。韓国物によくある時空が飛ぶ形なのだけど、どちらかと言うとタイ風味な気がする。墾丁という場所は、台湾最南端だって。

テレンス・ラウって『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』の時とずいぶん印象が違う。端正な顔立ちで欠点が無いとなかなか顔を覚えられない私であるせいか。相方の台湾俳優フェンディ・ファンもきれいな顔立ちなのが荒れたチンピラ役、この人もほかの作品で観たい。

観終わった夜の街、トワイライト・ウォリアーズの時とは違う浮かれ気分で帰途に就く。。ネットフリックスでやってるらしいよ、張国栄ファンのお方、観ましょ。

 

 

 

 

家裁調査官・庵原かのん

著者 乃南アサ

新潮文庫

家裁調査官という職業については、この文庫の解説で説明している。少年非行に対応するために、心理学・教育学・福祉学・社会学・法律学と言う5領域から選抜されるものだという。そして、この連作の最初の『自転車泥棒』の中にも説明がある。「少年」と呼ぶが、女子も含まれること、問題を起こした少年の「問題の原因を探る」ために存在するのが家庭裁判所調査官であること、など。

例えば親の過干渉、発達障害、ドメスティックバイオレンスそれも性的な、etc.。

庵原かのんはホテル業界で3年働いた後、裁判所職員採用総合職試験を受けて家裁調査官補に採用されたという経歴を持ち、遠距離交際中の恋人がいる今年35歳になる女性。ビアンキという(イタリア製の)自転車に乗っている。この仕事は3年おきに転勤がある。だから、彼女が担当した少年のその後を知ることはまず無い。

こういう職業に就くには、自らの精神のバランスがぶれない、揺るぎが少ない人でないと難しいだろうなあ…と、何かと揺らぐ私は思う。

動物園に勤めている恋人とか、弟とかがチラッと出てくるのだがこれがなかなか魅力的。恋人との関係の中で、ちょっと心が揺らぐシーンがまああるけどね。

乃南アサは、東京家裁で家庭裁判所委員を2期務めた後、これを執筆したそうだ。かつてこの作家の作品を『凍える牙』を始めいくつか読んだ。庵原かのんの続編やそのほかのものにまた手を伸ばそうという気になっている。帯には乃南ミステリー新シリーズとある。広義にはミステリーかな?