恋する惑星

監督 王家衛

出演 ブリジット・リン 金城武 梁 朝偉 王 菲

ありがたいことに、ウォン・カーウァイ監督特集が始まりました。

第一週は「恋する惑星」、もう何度となく、ビデオテープの時代にも、TVでも観ているのでストーリーは頭に入っている。が、金髪の鬘に赤いフレームのサングラスの林 青霞が一体何者で何をやろうとしているかは、麻薬ね、で?ぼんやりした理解にとどまる。そもそもその変装でブリジット・リンであるかどうかもわからないし。すんごいゲリラ撮り!今では考えられない無法ぶり。刑事223号の金城武は、1994年にはまだ青年と言うより少年に近い。エイプリルフールに失恋したばかりで、賞味期限が5月1日のパイナップル缶詰ばかり食っている。すでにカッコいいけれど美しいと言うにはナイーブが過ぎる、見た目も役柄も。で、メインはやはりトニーの刑事633号とフェイのパート。1962年生まれのトニーこの時32歳、あの放射線を放つ目、美し。こちらも恋人に振られたばかり。このころの王家衛作品にはよくあるのだが、部屋では白いランニングシャツ(タンクトップとは呼べない)と白いブリーフ姿。トニーのセクシーさを白いブリーフで中和するってか。フェイもチャーミング!『夢のカリフォルニア』で踊る姿、ついこちらの身体も動く。

『楽園の瑕』の撮影が中断している間に即興的に作られたのだそうだ。チョンキンマンションのインド人の皆さんもどれだけ振り回されたことか。

『アメリ』がこの影響を受けているという話が納得。フェイの歌う主題歌『夢中人』はイギリスのクランベリーズのカバー。

PLAN 75 

脚本・監督 早川千絵

出演 倍賞千恵子 磯村勇斗 河合優実 ステファニー・アリアン

少子高齢化が進んだ結果、歪みが悲惨な事件を呼ぶことになった、パラレルワールドの日本。75歳から、自分で生死を選ぶことができる制度、PLAN75が施行される。

一人暮らしのミチは78歳。ホテルの客室清掃業に就いていたが、同じく高齢の同僚が仕事中に倒れたことをきっかけに、解雇される。仕事を探すが、自分の条件を入力すると、パソコンには0と表示される。その内、PLAN75 を検討し始めるミチ。

誠に身につまされる話。ミチがつましくも丁寧に暮らしていることが分かるので、この世界には年金は?死別した旦那さんの遺族年金は?などと思ってしまう。

実年齢はもう少し上、1941年生まれの倍賞千恵子さんが、ことさらに皺が目立つような陰影の中で演じている。舞台に立てば今でも華やかな姿で、艶やかな豊かな声で歌うのであろう人が。最近の女優さんはいつまでも若々しく、おばあさんとなかなか呼べない。女優さんとしてはおそらく美容整形的なことにこだわらない生き方だっただろう彼女が、こういう仕事をオファーされ、ちょっとした目の表情や、そのたたずまいで見せる。

18年、是枝裕和監督製作総指揮のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編『PLAN75』の監督・脚本を手がけた、と言う監督が、ストーリーを再構築、キャストを一新して長編映画デビューしたのだそうだ。『十年』というのは香港映画にはじまった、十年先の国の変化を描いたものだった。それからいくつかの国で同じタイトルで作られた。香港では10年も経たずにその映画の予言が現実に近づいている。では、これは?

ふわっと始まって、ふわっと、その着地点は?と言う終わり方、それは、見る側の受け取り方に任されているのか。役所のPLAN75の若い担当職員が、男性も女性も、柔らかな感受性を持つ人として描かれるので救われる。

先日、ゴダールが「自殺幇助」と言う方法で亡くなったという報道があったね。重い病気があって、不自由な身体で、91歳なら、私もその方法を選びたいだろうか。78歳の独り身には、会話の相手が、交流する誰かが、消えていったのだ。思い出話ができること、ねえあれ!と話しかけたら答えてくれる相手がいることは宝だと、若い時には気づかなかった。

ミチが口ずさむ、リンゴの木の下で♪ が、映画館からの帰り道に頭の中で鳴っている。帰宅して調べていたら、キャストの中に串田和美とあって、あれ?どこに?と思ったけれど、『上海バンスキング』の舞台を見て吉田日出子子が歌うその歌が口をついたのは、いつの話だよ!その頃によくテレビで見かけた串田和美は今何歳だと思ってんだ、であり。そして、すみません、映画と関係ない蛇足一つ、彼、串田孫一の息子だったんだ。知らなかった。

 

その本は

著者 ヨシタケシンスケ・又吉直樹

ポプラ社

15㎝近くもある太い帯を外すと、昔の革の表紙に金色の線を押した風の装丁、数十年は経っている本のように端にくすみが、ちょっとしたシミが、ある態の造り。隅になんだかわからないけれどちょっとした落書き?書き込み?があったり。

本の好きな王様が、もう目が見えなくなったので、世界中を回って珍しい本の話を聞いてくるように二人に命じた。千夜一夜物語のヴァリエーションですね。で、各章が、その本は、と始まる。実は私はと言えば、ソの本は と始まる短い文に爆笑してしまった…我ながら…。

この二人のコラボという時点で、売れるに決まっているのだが。あなたの好きなのはどの部分ですか?

ルート66

著者 キャロル・オコンネル

創元推理文庫

かつてイリノイ州シカゴとカリフォルニア州サンタモニカ全長3775kmを結んでいた国道66号線。1985年には廃線となったそうだ。私の世代はルートシックスティシックス♪と言う歌とドラマを覚えている。ドラマの方は何となく、程度に。

『氷の天使』に始まるキャシー・マロリーシリーズ9冊目。ニューヨーク市警刑事、完璧な美貌、感情を表さない氷の天使マロリー。ストリートチルドレンで、盗みをマーコヴィッツ刑事に見つかり、マーコヴィッツ夫妻に育てられる。が、パソコンを与えられると、すぐにマスターし、ハッカーとしての才能も発揮することとなる。盗みは悪いことだという概念が無いらしい。

作家はアメリカ人だけど、イギリスで先に出版されている。ルート66は2006年刊、日本では2017年刊。

このシリーズ、あんまり読みやすくは無い、のだが(翻訳の問題もあるか、と言うのはなにかしら指摘が見られる)、読み手の体調が良くて乗ってくれば面白いよ。そしてシリーズの中でもこの「ルート66」は、マロリーの生まれにつながって・・・うわあ、と終わり近くで思うのでしたよ。あ、ストーリーね、旧ルート66を行くキャラバン、いなくなった子供を探している。元神父で心理学者でもある老人が率いている。マロリーはそれを追っている。マロリーの部屋では女の死体が見つかった。FBI捜査官、州警察、ニューヨーク刑事マロリーとそれを追いかけるマロリーの相棒ライカーと友人チャールズ。ルート66沿いに幼い子供が埋められている。…だから読みにくいんだってば。

80年代90年代に、女性の探偵とか検視官とかシリーズ物がベストセラーになっていたね。検視官の姪っ子もハッキングの天才だったよね、確か。『ミレニアム』のリスベットは言うに及ばず。ただ、今2022年から見ると、2006年のパソコンのセキュリティはどんなものだったかなあと思わないでもない。

シリーズはまだ続いている。ここからどう発展するのだろう?

湖畔荘

著者 ケイト・モートン

創元推理文庫

1933年、青春期の少女アリスの視点が主に描かれる場面と、2003年、女性刑事セイディとその周辺が描かれる部分とが行ったり来たりしながら、70年前の乳児が行方不明になった事件を追う。ので、初めはなかなか話が見えない。

間に、セイディが係わった女の子置き去り事件の話が絡んでくる。その件で何かしら失敗をして、今は休暇中と言うセイディ。読み進むと、はい?セイディあなた若い時に?と言う引っ掛かりが…それでなの?と。

アリスの母エリナ、祖母コンスタンスも、初めはある種典型的な、と見えていやいやそうですか、と言う背景が見えてくる。そして、戦争によるPTSDを抱えた男たち。

エピソード、物語の重なり具合がまことにパズル。上巻の後半あたりから面白くなってくるのだが、初めの方で理解が追い付かなかった部分から、なにかと伏線が隠されている。最後に至って、おおお!

ケイト・モートンはオーストラリア生まれだそうだ。先に読んだ『忘れられた花園』と同じく、コーンウォールが主な舞台だから、イギリス生まれと思うではないか。まあ現在はロンドンで生活しているということだが。

いやミスは読みたくない人(私の事だが)にお薦めしたい。

 

所轄刑事・麻生龍太郎 (再読)

著者 柴田よしき

角川文庫

13年ぶり新作収録で再文庫化。その13年前あたりに、このブログに感想書いておりますんですが。新作読んでみたかったので。そして、『小綬鶏』と言うその新作、好きでした。

でね、我が愛する麻生龍太郎と山内錬の出てくるものを次々読み返すこととなりました。『聖なる黒夜』、『私立探偵・麻生龍太郎』、それから『RIKO』シリーズ第一作には錬は出てこないけどその後の二作に出てくるのだから全三作読みましたさ。

『RIKO-女神(ヴィーナス)の永遠ー』の単行本が出たのは1995年。改めて読み返すと、かくも型破りな性に奔放な造形だったのか、と思う。で、たぶん山内錬の初登場である『聖母の深き淵』(1996年)では麻生龍太郎はもう警察をやめて私立探偵になっているんだなあ。そして、トランスジェンダーと言う言葉はこの時代に世に出て来たのか。と言うよりこの時代には性的マイノリティに対する認識というものはこのレベルだったのかー。ハラスメントについてもひどいもんだなあ。まあ今この2022年でも、男女平等は反道徳の幻想だとかLGBTは生産性が無いとか抜かす女性議員が、総務大臣政務官だかになられましたが。わきまえた女性がどうとかの森の爺さんは言わずもがな。少なくとも真っ当な大きい企業では社員にちゃんとパワハラ・セクハラやジェンダーについての教育をしているだろう。政治家こそジェンダー認識をちゃんと世界レベルに上書きするべきなのに。が、昨今の統一教会関与問題で、与党及びそれに準ずる党派のお方が、宗教系のご意見を取り入れて、その票を取り込んでいらっしゃったことが判明、そこかあ、票集めが一番大事なのねえ。

『月神の浅き夢』のラスト近くの、緑子が錬に事情聴取しているときに「シャツのボタン外してくれない?」からのシーン、いいよね。

ところで、龍太郎を映像化しようとすると、どうしても(その年代のね、今じゃなくて)三浦友和になってしまう。小説上の実年齢だとそのくらいになりそうだが。イマドキの30代後半~40代の俳優さんで、となると、西島秀俊?周りの警察官役をあれこれキャスティングしたりはできるが、錬の映像化は厳しい。

時系列ではRIKO の後に花咲慎一郎シリーズに出てくる錬になるようだ。花ちゃんの時代には、自己認識が女である男の子、というのが出てきて、そういう存在を受け入れることも無くはない状況に変わってきている。さっきTVで、高校かな、教師が、自分はゲイであるとカミングアウトするドキュメンタリーを観たところだ。バイセクシュアルを公言している芸人さんとかいるし、10年後には日本でも多様性と言うものが、絵に描いた餅でなく、ごく普通に権利を行使できている社会でありますように。馬鹿な議員が少数派になっていますように。

 

教育と愛国

監督 才加尚代
語り 井浦新

2017年に『映像‘17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』と言う番組がMBSで放送されたのだそうだ。2019年には書籍化もされている。それに追加取材、再構成して映画化。

道徳の授業。おはようございます と言いながらお辞儀をする・言った後でお辞儀をする・言う前にお辞儀をする 正しいのはどれでしょう?
あちこちでプッと吹いてしまう私である。ほかに教えることはたくさんあるでしょう・・・。
教科書にパン屋さんで働く姿が出てきたら、検定ではねられて和菓子屋に変わった話は、前に目にしたことがあったが、まことにやれやれ。
イザナギ・イザナミから始まる神話を詳しく紹介している歴史の教科書!古事記は日本文学で学ぶもんだろ。

今このタイミングで、安倍元首相が自衛隊と共に立つ図を見てしまう。

私の場合、テレビでその人を見かけたらすぐチャンネルを変えるかテレビを消す、ということになる人物が何人も出てくる。今回の選挙で人数を増やした関西方面のアレとかソレとか。あの女性とか。が、極め付きは、東大名誉教授のお方。ちゃんとした日本人とは?と問われて(ちょっと間があったね)、左翼ではないということかな、と言うお答え。歴史から学ぶ必要は無い、とか。
凄いね、知性ってなんだっけ?

日本書籍って無くなったのかー。

そして、この度の選挙では、与党が増えた日本。愛国というおまじない、形式が好きな人がたくさんいて、日本会議という神道系の団体さんや、昔、隅っこに勝共連合と書いてあった統一教会の支持固い党。頼むよ、売れなくなったタレント候補をスカウトするの止めようよ。

atconさんのブログでも先に紹介してありますが、7月再映で観ました。

大いなる救い


ハヤカワ文庫

スコットランドヤードの警部にしてアシャ―トン伯であるトマス・リンリ―が主人公であるシリーズ第一弾。
イギリスの上流階級にありがちな妙な組み合わせの服を無造作に着込んだ姿、とはどんな姿なのだかわからないのが残念。
なんだか出てくる男性も女性もどこか変、めんどくさい感があったが。まあ特にリンリ―警部と共に捜査に当たるバーバラ・ハヴァーズの屈折。
1988年に原作が出ている。その頃、このテーマの推理小説が多かったと思う。
読み進んで、不幸なおよそ胸糞悪い状況が見えてきて、読み終えて、もう一度初めのほうを読み返す、ああ、ここにこんなことが仕込んであったのか・・・。それぞれ登場人物が書き込まれていることも、後になってそういうことか、となる。

農場で、首を切り落とされた死体が見つかる。側に娘がいて、あたしがやった、でも悪いと思っていない、と言う。
と言うのが事件の始まり。

シェイクスピアの台詞がしばしば引用されたり、幅広い読書量の人の方が楽しめそうなことがいろいろ、と、思ったら、作者はイギリス文学を教えていたアメリカ人だそうだ。

エリザベス・ジョージと言う名前には覚えがあるので、前にも何か読んでいるかと思うが、さて。久しぶりに、シリーズを続けて読みたいと思うものに出会った。ドラマ化されているそうで、そのドラマシリーズを観たいものだ。

月とコーヒー

著者 吉田篤弘
出版社 徳間書店

あとがきに 一日の終わりの寝しなに読んでいただく短いお話を書きました とあって、本当に一日の終わりの寝しなに本を読むのが子どもの頃からの習慣の人間には、ぴったりの本。短い、きちんと着地しない、ふわっと終わる物語の連続。まあ、ヘンなお話。
装丁、挿絵がとても良いなあと思ったら、グラフィックデザイナーでもある著者だった。クラフト・エヴィング商會名義で吉田篤弘・吉田浩美の二人のユニットを組み、実在しない書物や雑貨などを手作りで作成し、その写真に短い物語風の文章を添える、という形式の書物をいくつか出版している って、へ?ですが、存じませんで失礼。
三人の年老いた泥棒の話、絵の中の星だけを盗み出して…と言う話とか、青いインクの連作とか、私は好きだけれど、あなたは?

タイトルは見覚えがある、ぐらいで読み始め、この作者の著書をまた読みたいと思っています。

去年の雪

著者 江國香織
出版社 角川書店

kozo no yuki と、タイトルの上にある。
だけど、去年の雪はどこに行ったんだ?
というフランソワ・ヴィヨンの詩の一節から取ったタイトルであるらしい。

人が事故死するシーンがまずある。
一行空くごとに、登場人物が代わる。時代もずれる。ずれるどころか、平安時代と思われる話の中に、現代で起こっていることの欠片が迷い込む。死んだ男の魂なのか、別の時代の状況を眺めている。江戸時代の景色に、現代の誰かが遊んだシャボン玉がいくつも浮かぶ。ここでふいに無くなったトイレットペーパーが、別のどこかの買い物に紛れ込んでいる。烏が別の時代の物を運んでくる。

今死んでいることを進行形で感じながら死んで、どこかの時代に魂か何かの姿で迷い込んで、ぼんやり眺めている、たまにはその姿を見られる。いつか少しずつ意識が薄れていく。と言う死に方(ではないか、存在の無くなり方)は悪くないなあ、と思ってしまった。
久しぶりに江國香織を読んだ。好き嫌いが分かれるであろう作品、私は好きです。装丁も好き。