ダライ・ラマ14世http://www.d14.jp/
企画・撮影 薄井一議 薄井大還
監督 三石富士郎
語り 柄本佑

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の実像に迫ろうというドキュメンリー。
写真家の薄井大還が、1991年にダライ・ラマ14世のポートレートを撮った。16年後、2007年、ダライ・ラマ14世の来日にあたり、正式な写真とムービーを撮る依頼があり、ムービーを息子一議に任せた。それから、来日のたびに親子でスチールとムービーを撮っている、のであるらしい。

2歳にしてダライ・ラマの転生者として発見されたのだそうだ。
1949年に中国がチベットに侵攻、1954年に中国がラサ市民を弾圧、そしてダライ・ラマ法王は国外脱出せざるを得ないことになる。その後、インド北部のダラムサラでチベット亡命政権の元首となる。

世界中のあらゆる地位ある人々と出会っていらっしゃったであろうせいか?天性の?とにかくとても明るく、少しも気取らず、ひょうきんなほどの気軽な態度でふるまう姿。子どもに近づいていったり、日本在住のチベット人女学生に、いつ髪を染めたの?と話しかける。いいんだよ、チベットの心を持ってさえいれば髪が何色でも、と。チベット人たちは、まるで戦前の日本人が天皇陛下の前に立つように頭を下げ、手を合わせ、感動しているのだが。

日本人のいろいろな人に、ダライ・ラマ14世に聞いてみたいことを言わせている。凡そアホみたいな質問もあるのだが、ユーモアを持って答える。

ダラムサラの人々にもインタビューしている。高校生ぐらいの子に、欲しいものは?と聞く。みんな、何も無いと答える。今、恵まれていて、勉強ができて、優しくしてもらっている、と。

最後のほうで、日本人の若者に向けて言葉を求められた時、『日本人の若者は、小さなことで躓いて自殺してしまったりする。英語の勉強をしなさい、そしてアフリカとか遠い国に行きなさい、自信になります』と言われた。ダラムサラの学生たちは、チベット語・英語・ヒンドゥー語・中国語いろいろ勉強している様子だった。元々、チベットでは教育が整っていなかったことが、今の状況を招いたと、教育に熱を入れているのだ。

日本人は…幕末には五代友厚みたいな人がいたのにね。

 

 

 

 

 

 

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