ある男

著者 平野啓一郎
文春文庫

愛したはずの夫はまったくの別人だった と帯にあって、確かにそういう話だが。
何層にも関係が話が重なって、いつもこの作家のものを読むにはなにがしかの教養知識が必要だったりすることもあり、明治の文豪がミステリー仕立の文学作品を書いた、ような。
ある男 ってまあその別人だった男を指すだろうとは思うけれど、その男について調べていく弁護士のことかも、という気にもなる。どの男のこと?

序 としてこの小説を書いた作家が語る。城戸さんという弁護士と偶然出会い、知りえたことを膨らませて書いた、と。

幸せに暮らしていた家族、夫が仕事の事故で亡くなる。その兄であるはずの人に連絡した結果、谷口大祐と名乗って いた夫は、別人であることが判明する。夫は何者なのか?なぜ谷口大祐と名乗りその履歴をそのまま語っていたのか?

城戸は在日三世であり、昨今の極右の排外主義などに自らも直面することなどもある。妻との関係にもねじれが生じている。戸籍を交換するブローカーがいることを知り、城戸は横浜刑務所にそのブローカーだった男に会いに行く。先生、在日でしょ?と言う男。在日っぽくない在日ですね、でもそれは在日っぽいってことなんですよ。

城戸に谷口と名乗っていた男の調査を依頼してきた谷口の妻里恵は、一度目の結婚で生まれた次男を、脳腫瘍で亡くし、その前後の夫の対応が原因で離婚している。長男は、実の父親より二番目の父をしたっていた。谷口との間に女の子もうまれた。

で、
誰なのか、谷口とは。なぜだったのか。
他人の履歴を、まるごと生きることが可能?アメリカではよく犯罪組織から身を守るために新しい戸籍を与えられて遠いところで生きる、という話が映画などで出てくるが。

音楽にも造詣の深い平野啓一郎だから、いくつか出てくる中で、富樫雅彦と菊池雅章の美しいCDをかけながらクリスマスツリーの飾りつけをする というシーンがあって、聞いてみたいと思う。

大変面白く読みました。ミステリーとしては一度読めば結論が分かりますが、なにしろ重層の作品、読み返すたびに、それこそこの作家が言う“分人”ごとに読み方が変わることと思われます。

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