レオニー

レオニー監督 松井久子

出演 エミリー・モーティマー 中村獅童 柏原崇

イサム・ノグチの母、だからヨネ・ノグチ(野口米次郎)の妻、だと思ったら、戸籍上はそうではなかった、女性、を描いた映画。n

私がつい最近見たのはアメリカ公開版で、2010年の日本版と編集が違い、少し短い。なんだか消化不良だなあ、という感想であり、日本版のDVDを見た。なるほど。見るならこっちにした方がいいと思う。

ヨネ・ノグチがアメリカに渡ったのは1893年の年末だったらしい。1896年に英文第一詩集を発行しているらしい。そして好評を博したらしい。すごいね、それは。その、基礎知識を持って映画に臨んだ方がいいと思われる。

その後、レオニー・ギルモアと出会い、著作の編集者となり、のちに恋人関係となる。その期間はあまり長くなかったようだけれど、終わりかけのころに妊娠していたのね。

困ったことに、ヨネ・ノグチ役の中村獅童が、どうにもいろっぽくない。異国の女性を引き付けるような魅力がどこにあるんだかわからない。ただの身勝手な日本の男にしか見えない。ミスキャストだと思うよ。

身勝手ながら、生まれた子供とその母を日本に呼ぶのだから、それでもその時代の日本の男としては責任を取った方だろう。すでに日本人の妻がいたんだけどね。そもそもレオニーと別れる頃にはエセルと言う女性がいたらしい。

日本に渡って、英語教師として生計をたてるレオニーの、生徒の一人を演じるのが柏原崇、まあこれがまことに美しい、英語も随分頑張っている。どちらかと言えば、こういう男であったような、写真が、残っているのだけど、米次郎。ヨネ・ノグチごく個人的な感想としては、かつて軽率な事件を起こした柏原クンがいけないとは言え、俳優としてしっかり復活してくれないものか。

レオニーが、女子大生時代に、平凡な人間はつまらない、だかそんなようなことを口走るシーンがある。実際にそういう人だったのなら、この時代にそんな生き方をし、その上、父親を明らかにしない娘まで日本で産んでいることは、100年早く生まれたヒッピー的女性という理解もできる。

私の子どもの頃の愛読書に、「レミは生きている」平野威馬雄・著があった。その時代に混血であった人の、自伝的な児童読み物だ。料理の平野レミのお父さんね。らしゃめん という言葉を、子供の私ははっきりと理解しないながら、ニュアンスを感じたものだ。洋妾ということ。蝶々夫人の立場。

その、両親の才能を受け継いでなおかつ世界的なアーティストとなるについてはややこしい出自が良い方向に影響したのだろう。イサム・ノグチ。私たちは山口淑子と言う人と結婚していたことぐらいしか知らないその女性遍歴の中に、フリーダ・カーロも出てくるとは!このたびWikipediaで知りましたよ。数あるどの女性も、彼を悪く言わなかった、らしい。そして、日本版の中で、私の父親は誰なの?と母に問うアイリス。映画の中では、英語の生徒の一人、中村雅俊が演じていた男?か、という気配に描かれていた。アイリスは、日本版の中でダンスのシーンが出てくるが、マーサ・グラハムのダンスカンパニーに所属するダンサーだったそうだ。知人のお母さんのお通夜の席で、とうとう母は父親の名前を私に言わずに逝った  と、聞いたことを思い出した。

レオニーと言うタイトルで、こんな女性の映画をイメージ・・・できないよね。うっかりレオ・レオ―ニのスイミーの親戚か?とか勘違いしそう。ってことはない?

音楽が良い。

 

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