火花

火花著者 又吉直樹

出版社 文芸春秋

とうとう買ってしまった。近所のツタヤには長く見かけなくなっていたのが復活してしばらく、手を伸ばそうか…と何度か逡巡し、今日初めて中の文章を覗いた、3ページぐらい。花火の描写が美しかった、続きを読もうと決めた。

逡巡の理由の一つには、私が太宰を好きでないことがあった。太宰ファンで有名な又吉なのであるから、どうなのだろう…と。

天才肌の、売れない先輩芸人との出会い。自分の伝記を書けと言われる。そして、この作品が、結果としてその伝記、という仕組みなのかな。

売れてないのに、一千万の借金を作ってしまう芸人。大昔の芸人さんと違って麻薬をやってるわけでもないのに。きっと、そういう、世の中の枠からどうしても外れてしまう人がいるんだろうなあ、その世界には。そういう姿を、太宰の継承と呼ぶのか。

先輩芸人との会話やメールのやり取りの、センス、という言葉でくくるのもなんだかな飛び越え方が羨ましい。わくわく。

途中、ふいに涙が沸き上がってきた部分があった。

とても、切なく、切羽詰まって書いた感があって、素敵な小説でした。

えーと、今気づいたのだけど、初めのほうで花火のシーンが出てきて、で、タイトルが火花って。いまだに間違える人がいるけど。

千千にくだけて

千千にくだけて著者 リービ英雄

講談社文庫

タイトルの「千千にくだけて」は、島々や 千千にくだけて 夏の海 という、芭蕉が松島を詠んだ句から。

日本で暮らし、中国や日本のことを日本語で書いて、時にアメリカの親族に会いに行く生活をしているエドワードが、カナダ経由でアメリカに行こうとしているときに9.11事件が起こる。国境が閉鎖され、バンクーバーに足止めされることになる。

アメリカ生まれの日本語作家リービ英雄の実体験をもとにしているであろう叙述は、例えば、飛行機の窓から見える海の景色に思う 島々や という言葉に、 all those islands  という訳文がこだまするという、言語の並立がいつもそこにあるものとなっている。母語しか自由に操ることができない身には大変興味深い。グラウンド・ゼロという言葉を聞き、ばくしんち という言葉を浮かべる、など。

表題作のほか9.11がテーマの2作と、台湾での子供時代を思い出す形の「国民のうた」が入っている。

母が「いくら日本人と一緒にいても,結局は死ぬまで外人として扱われるでしょう」と言うシーンが、一つの作品の中にあるのだが、アイデンティティーという言葉が、何やらすり切れたものに思えるような立ち位置を、見る気がする。

 

 

 

トム・アット・ザ・ファーム

トムアットザファームhttp://www.uplink.co.jp/tom/

監督 グザヴィエ・ドラン

出演 グザヴィエ・ドラン ピエール=イヴ・カルディナル リズ・ロワ

お薦めはしない。私にも理解不能なことがあちこちにある。

広告代理店に勤めるトムは、事故でゲイの恋人を失い、葬儀に出席するため、農場に向かう。そこには、恋人だったギョームの母と兄が暮らしていた。兄は、その家に泊まったトムに、突然暴力的に、ゲイであることを言うなと命じる。

田舎だから、同性愛の存在など考えられない。どこの国でも、都会であれば格別の問題なく生きていけるだろうが、田舎で、そして母親を相手に、あなたの息子の恋人でした、とは言えない。女性の恋人がいたという嘘に嘘を重ねていく。

恋人の突然の死で心には深い傷を負ったまま、説明不能な具合に暴力的で、どこか、この男も同性愛の傾向があるのか?とおもわれる、異常さをあらわにしている兄に対応するトム。いつの間にかトムは兄に従ってこの農場を離れられなくなっていくようだが、それはいわゆるストックホルム症候群的なことなのか?

偽の恋人にされた同僚女性サラに助けを求めたトム。彼女にも暴力を振るおうとする兄。

何がわからないって、逃げ出そうとしたはずのサラが、車の中で酔っぱらって兄と…薬でも盛ったか?兄よ不条理な、・・・それをサイコサスペンスと呼ぶのか。

金髪のグザヴィエ・ドランは美しい。壊れた心と暴力によって傷つき行く肉体。もうどんなところに流れていく話かと。

最後、なんとか、ちゃんと息つけます。

私は、このグザヴィエ・ドラン物を見る機会があったら追うことに決めたので(マミーを見てから)、今後も見続けます。監督、編集、衣装、そして主演がグザヴィエ・ドランです。

 

流著者 東山彰良

出版社 講談社

153回直木賞受賞作品。「火花」のみならず今回の芥川賞・直木賞作品はどれも興味をそそられたが、台湾出身の作家によるこれを最初に読んでみることに。

1970年代の台湾は、日本の1940~50年代を思わせる猥雑さ、混沌がまだまだ存在した、らしいことは今までに見た台湾映画の中でも見た景色で、しかし、文章で読むとうーむ。

中国の国民党支持者であった祖父が、共産党支配の国となった中国から台湾に逃れてきた。外省人と呼ばれる大陸からやってきた中国人にとって、台湾人は見下すもの、ということが当然のものだったらしい。…そうか…。異質な文化を持つ数の少ない者を蔑視したがる性質を、身に付けながら育つものなのか、大概の人間は。

などと小さな部分にちょっとしたショックを受けながら読むから、祖父を殺したのは誰か?というミステリーが主題であることが、ちょっと飛んでしまう。私には。

途中までは、誰か台湾の映画監督が映像にしてくれることを期待しながら読んだのだ。とても映像的な小説だし。が、この、台湾生まれの人にしか書けない時代の流れ、80年代の中国の姿、日本で育ってこそ、これは書ける作品で、えーと、もしも映像化されたとして、大陸で受け入れられるか?うーん、日本人が映画やドラマにしたってこの猥雑暴力混沌は描けない気がするし。映像化しないのはもったいないのだけど、さあ誰かなんとかしてくれまいか。

祖父が中国山東省出身であり、父が暮らし母が育った地が台湾の彰化であるところからのペンネームだそうだ。「このミス」銀賞とか、大藪春彦賞とか受賞しているというほかの作品も、読みたい。

 

 

追憶と、踊りながら

追憶と、踊りながら監督 ホン・カウ

出演 ベン・ウィショー チェン・ペイペイ アンドリュー・レオン

予告編でチェン・ペイペイが出てる、と知った時に、必ず見ると決めていた。

鄭佩佩、60~70年代香港武侠映画の大スター、『グリーン・デスティニー』でチャン・ツーイーのお師匠さん役だった人。

彼女が演じるのは、カンボジア系中国人でイギリスの介護ホームで暮らしているジュン。亡き夫はフランス系カンボジア人だった。一人息子がいる。カンボジア語・ベトナム語・広東語・北京語が話せるが、英語はよくわからない。

介護ホームで『夜来香』を聞いているジュン。李香蘭の歌声。

やがて、息子はどうやら最近亡くなったらしいことが見えてくる。

実は息子はゲイで、同居している恋人がいた。

彼女に好意を寄せる老人がいて、デートもしているが、言葉は通じない。息子の恋人が、通訳ができる女性を連れてくる。

まあ私自身は独身のまま今に至っている、のでいずれそういうホームの類に世話になるのだろう。そして親の介護が終わって独り暮らしになった家で、なにやかや手を入れなければならない事件が勃発、心細い思いをしながらあれこれ手配、バタバタしたところだった、から?なんだか映画の初めのほうからしみじみしてしまうのでした。

息子とちょっとした争いになる、ところから不意に現実に戻る、とそこに息子はいない。

息子の恋人役のベン・ウィショー、「クラウドアトラス」に出ていたというのだから見ているはずだけど、ごめんね、記憶にない。「007」のQ役だって。

介護にかかわったことのある人には、身につまされることの多い映画だと思います。喪失ということを知っている人にも。

監督はカンボジア生まれベトナム育ち、そしてロンドンへ移住した、この映画の主人公と同じカンボジア系中国人。

死の蔵書

死の蔵書著者 ジョン・ダニング

ハヤカワ文庫

古本掘り出し屋の男が殺された。古本好きの刑事クリフが捜査に当たることになり。

初版本・稀覯本の類がお好きですか?まことに申し訳ないことに、私は、書物の内容が面白いかどうか、と言うこと以外に本に対する思い入れは無い、と言うタイプです。クリフの恋人として初めのほうだけ出てくるキャロルのように。

いわゆる、古本好きの人には相当面白いことと思われます。私には、クリフが一人の部屋でワイエスの画集をめくり、納屋やヘルガを眺めているシーンがツボだったりしました。古本屋では文学的評価が低いらしいスティーブン・キングの物を私はあまり読んでいないが、その追随者とされるR・クーンツは一時期結構読んで面白かった、だが、まあ金魚のフン扱い。同じく馬鹿にされているクライブ・パーカーは、未読です。

ビブリア古書堂物を読んだら次はこれ、みたいな帯が付いていて、確かに私もあのシリーズで、せどり なんて言葉を知ったのだが、どこの国にも古書好きな人種がいるもののようで。日本で言えばブックオフの百円本から稀覯本を探し出して商売にするような。

基本読書好きあなただったら、これもこれも読んだ、これは?など、出てくる本の題名をチェックしていく楽しみがあると思われます。肝心のミステリーとしては、どうなんだろう。

訳者あとがきによれば、著者は、12,3歳の時に学校をドロップアウト、高卒の証書すら無い身で、粘って新聞社に拾われるなどした後、古書稀覯本専門店を開いた、という経歴の持ち主だそうだ。

クリフは警察を辞めて古書店の主となった。もう一冊このシリーズの物を読んでみるかなあ。

雪と珊瑚と

雪と珊瑚と著者 梨木香歩

角川文庫

21歳のシングルマザー珊瑚は、お座りができるようになったばかりの赤ん坊、雪を抱えて途方に暮れていた。そこに、「赤ちゃん、お預かりします」の貼紙が。

くらら と言う名前の婦人が、その張り紙の主だった。修道女として海外生活を送った経験を持つ年配の女性。

それをきっかけに、人生を切り開いていく珊瑚。

なんて言ったらまさに、ありがちな成長物語みたいだし、そうではないことは無い、のだが。そーんなうまい話、と、言う展開でもあるが。

なんだかねえ、すごく疲れていたんですよ、私。時間かけた一仕事が終わって風邪引きでそこへ独り暮らしの我が家にシロアリ発生、の、直後で。それで読み始めたらもうあちらこちらでビイと泣けてしまった。・・・これはおかしい、と自分でわかって、もう一度読み返しました。

この本は、とにかく作ってみたい料理があれこれ出てくるので、手元に置いて一つずつ作ってみたい、そういう本です。まずはおかずケーキ。珊瑚は、母親のネグレクトにより家に食べ物が無い状態で育った娘で、だからこそ、体にも心にも優しい料理を出す惣菜カフェを作りたいと思い、周りの人に恵まれてそんな店をオープンさせます。偶然恵まれすぎだろ、とかまあ思うにしろ、いろんな国の料理を知っているくららのレシピが、おいしそう!梨木香歩さんは鹿児島生まれの人だから、かるかんの作り方をアレンジして卵アレルギーのある子どもにメロンパンのようなものを作ったりするシーンも出てきて。

小さな雪が、「ごあん、おいちいねえ、ああ、ちゃーちぇねえ」と言うシーンで終わります。ああ、善意の人ばかり出てくるわけではないですよ。

 

あん

あんhttp://an-movie.com/

監督 河瀨直美

出演 樹木希林 永瀬正敏 内田伽羅 市原悦子

ちょっとびっくりするほど中高年女性観客が多かった。前後左右に客がいた劇場なんて久しぶり。小さい部屋ではあったけれど。

満開の桜の季節、小さなどら焼きやを営む男、店に訪れるのは近所の中学生の女の子たち。ある日、求人の貼紙を見たと、老女がやってくる。男は断るが、彼女は自分で作った粒あんを持って再度訪れる。おいしいあんだった。

手に障害のある彼女のつくるあんが評判になり、店は繁盛するが。

らい予防法と言う前世紀の遺物的法律が廃止されたのは1996年のことである。私自身は、それをさかのぼること十数年前に知った。教えてくれたのはマスコミ業界の人だったが、そこでは常識だったのだろうか。

年前に、ハンセン病の感染率は非常に低いものであり、劣悪な環境でしか感染することは無い、戦後の日本の混乱の中など、ということを知った。マスコミの仕事の人から。彼のいた社会ではそれは常識だったのだろうか。

樹木希林さんはもちろんとてもうまい。内田伽羅ちゃんはみずみずしい。永瀬正敏もいい。うるうるさせられる映画だ。…市原悦子さんは?浮いてるよねなんか。もっと淡々とそこにいる人で良かったんじゃないの?キャスティング。

そして、河瀨直美監督、あの、尾野真知子主演のころの、この作品、どこに連れて行かれるんだろう?という、ちょっと途方に暮れてしまう感が途中で流れる雰囲気が、懐かしい。どうしてこんなにわかりやすい作品、ちょっと饒舌な作品のほうに流れてきているのだろう。と言ったところで、彼女の作品を全部知ってるのか?という話なのだが。わかりやすさに文句を言いう筋合いのものでもないのだが。

 

海街ダイアリー

海街ダイアリー 映画http://umimachi.gaga.ne.jp/

監督 是枝裕和

出演 綾瀬はるか 長澤まさみ 夏帆 広瀬すず

予告編を見て、原作とほぼ同じ作りっぽいなあ、と思っていたのだが(キャスティングを知ったときは、四姉妹美人過ぎる!でありましたが)、かなり原作に近い。是枝監督ってこんなまっとうな作り方もするんだね。

鎌倉の古い家に住む三姉妹に、自分たち家族を捨てて、別の女性と家庭を持っていた父が亡くなったと連絡が来る。葬式に出かけると、腹違いの妹が迎えに来ている。父親は、その妹の母である二人目の妻と死に別れ、三人目の妻、子どもたちと暮らしていたのだ。泣いてばかりで頼りない義母、しっかり者すぎる中学生の妹。

一緒に暮らさない?と長女が声をかけ、妹すずが鎌倉にやってくる。格別なドラマがあるわけでもなく、次第に姉妹になっていく様子が描かれる。

吉田秋生の原作マンガでも四女の名前はすずちゃんなのだが、まあぴったりの子がいたものだ、という広瀬すずちゃんである。ほかの姉妹はちと美人過ぎ、と、キャスティングを知った時には思ったが、三女チカちゃんが可愛らしすぎるしアフロにもならない以外は、違和感無く。いや、映画としては別に可愛らしくて何の問題もありません。ただ原作のファンはそこが気になるってだけです。

実写になると、マンガの時よりいささか乱暴な姉妹に見える。特に長澤まさみ演じる次女よっちゃんの振舞など。日常ってそんなものかもね。

原作を読むときと同じように、時にウルウルしながら、心地よく過ごしました。なお、以前書いた原作の感想はhttp://art-container.net/mbblog/diarypro/archives/127.html

今まさに輝いているすずちゃんを見るだけでもいいかも。サッカーシーンの姿、かなり本気で練習したんじゃないかな。

 

 

 

マミー

マミーhttp://mommy-xdolan.jp/

監督 グザヴィエ・ドラン

出演 アンヌ・ドルヴァル スザンヌ・クレマン アントワン=オリヴィエ・ピロン

とある世界のカナダで、発達障碍児などの親が、経済的肉体的などの理由で子を養育できない状態になった時には、法的手続き無しで施設に収容することができるという法律が成立した、そのことが・・・などと最初に説明が出てきて始まる。

発達障碍、と言ってもそれが高校生男子となると、施設でも問題続きで、引き取りを要求される。父は3年前に亡くなり、母一人、仕事にも恵まれない。生命力あふれる女ではあるが、八方塞がり。この女優、日本だったら桃井かおりと倍賞美津子をぐしゃっとぶつけた感じ。

知人の、何らかのパーソナリティー障害と名付けられるであろう状態を目の当たりにしたことがある。爆発的なその状態は、説得などなにも受け付けない、時間をかけて収まるまで待つしかないものだった。若くない女性であったが。そのことを思い出しながら息子スティーブの感情爆発のシーンを見ていた。TVだったら途中で見るのをやめただろう。

感情コントロールが利かなくなるが、彼はとても母を愛していて、気遣っている、その方向が、ずれる。若い男には有り余る体力もある。

隣の家に住むカイラは、高校教師だったが、どもるようになって他人との会話が難しくなり、休職中。夫と娘がいる。

最近では珍しい狭い画面で進んでいたのに、ある時点で画面が横に広がっている、あれ?あれ?これは?     う。   そしてまた画面が縮む。

そこそこいろんなことを経験してきたし、あんまりつらい系の映画を観たくは無い歳に至っているのだが、グザヴィエ・ドランという名前を、どこかの映画評で目にして、印象に残っていた。きれいな響きに聞こえない?若いころ、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ という作家の名前がとても魅力的に思えた。それと同じような感じ。そして、なにも予習しないまま観た。

なんと凄い映画作家だろう。調べたら、1989年生まれ!26歳!子役からキャリアが始まっていて、今も俳優でもある。初監督は19歳。

グザヴィエ・ドラン、追いかけよう。サントラをオフィシャルサイトで紹介しています。聞いてみて。