サイゴン・クチュール

http://saigoncouture.com/
監督 グエン・ケイ チャン・ビュー・ロック
出演 ニン・ズーン・ランゴック ホン・ヴァン ジェム・ミー オアン・キエウ S.T ゴ・タイン・バン

1969年ベトナム、9代続くアオザイ仕立業の娘ニュイは、アオザイは古臭いと思っている。60年代ファッションにしか関心が無い。母娘の対立。
ある日、ニュイは2017年にタイムスリップし、ぶつかったのは、中年になり自殺を試みようとしていた自分自身だった。

お話は他愛ないっちゃが他愛ない。のですが、ツイギーとかそういう時代よねえ、という、わたくしなどには懐かしいファッションから、麗しのアオザイのいろいろが、まあ眼福眼福。
どことなく『アメリ』を思い起こさせる気がしたのだけど、ストーリーとしては関係ありませぬ。

1969年だけどベトナム戦争の無い架空のサイゴン、タイムスリップ物では自分自身に出会っちゃいけないのが普通だと思うがばっちり若い自分と年がいった自分が、それをわかっていて会話している、など突っ込みどころはございます。ございましても気にならない、チャイナドレスやアオザイがお好きな方、ファッション雑誌が好きな方、お試しください。

コロナ禍で映画館を自粛していたのだけれど、今のところわが県では発生数少なく、観に行ってしまった。重たい空気の日々に観るには可愛くてね。アオヤイ と、ベトナム語では発音していた。アオのところを高く。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

著者 ブレイディみかこ
出版社 新潮社

読み始めて、へっへっへ と我が身の笑い声、にんげんほんとにへっへっへなんて笑うもんだなあ と思いながら読み続けると、へっへっへ へっへっへ とまた笑っている私なのだった。

英国で暮らしているブレイディみかこさんと言う母親と、英国人の父親(ロンドンの金融街の銀行をリストラされたら、子どもの頃にやりたかった仕事だからと大型ダンプの運転手になった)との間に生まれた息子の、中学校生活の日常を描いたもの。
小学校はカトリックの公立で、お行儀の良い子たちと過ごしたこの子が、元、ではあるが「元底辺中学校」に入学し。入学前に親子で学校見学に行くと、音楽室へと進む壁にシャドウズ、アニマルズ、ザ・フー、ビートルズ、ストーンズ、ピンクフロイド、デヴィッド・ボウイ、ツェッペリン、それからセックス・ピストルズ!などのアルバムジャケットが並んでいた。レコーディングスタジオもあった。
なんて、私だってそんな学校があったら行きたい・・・と、いうのはちょっと待て、な、問題は何かとあるが、ともかく、息子はそこの学校に行きたいと言ったのだ。]

へっへっへという声が湧いてきていたのは入り口からしばらくのあたりまでで、レイシズム、貧富の差、などの問題が次々に出てくるし、日本ではまず見られない教育など、ふーむ、である。たとえばシティズンシップ教育。『エンパシーとは何か』シンパシーではなく、エンパシー。その問いに対し、息子が書いた答えが「自分で誰かの靴を履いてみること」だった。日本語では共感・感情移入・自己移入などと訳される言葉。
『タンタンタンゴはパパふたり』と言う絵本があるそうだ。動物園で恋に落ちた二羽の雄ペンギンが・・・つまりLGBT問題なのだがそのペンギンの話は実話に基づくものだって。そういうのを、日本の幼稚園で子どもに読ませるって考えられる?
なんだか、コロナウィルス問題でこのところ欧米ではアジア人差別が顕在化している話をよく見聞きしたが、あっという間にこのウィルスが世界に広がってしまい、差別もへったくれも無くなったかもしれない。まあ、さまざま差別する人はどこにでも湧く。日本ではネトウヨと呼ばれるお馬鹿ピープルが中韓に対して排他発言を繰り返している。差別語を投げられる側になった時の対応。

元々、「波」と言う雑誌を叔母が購読していて、叔母が読み終わった数冊を譲り受けてきた中に、この連載があったので、単行本になったら読みたいと思っていた。日本しか知らない日本人は読んでみてほしいような本です。子供や孫がいる人にはとくにお勧め。

第三夫人と髪飾り

http://crest-inter.co.jp/daisanfujin/
監督 アッシュ・メイフェア
出演 グエン・フォン・チャー・ミー トラン・ヌー・イエン・ケー マイ・トゥー・フオン(Maya) グエン・ニュー・クイン

“女の一生”ではなくて“女の三生・四生”とか“女たちの生・性”の、お話。
19世紀北ベトナム、大地主の家に、第三夫人として嫁ぐ14歳の娘。
第二夫人は男子を生んでいないので、奥様とは呼ばれない。
まだ子どものような第三夫人メイに、第一夫人も第二夫人もやさしく指導してくれる存在である。性についても。

大奥のような女の闘いはひそかなところに隠れていて、夫人たちは協力し合いながら生活している。そうせざるを得ないほどに女の仕事は多い。

メイの視点から描かれる物語。恋愛している使用人同士の性交シーンを目撃する。女は妊娠し、髪を剃られて寺に入り、相手の男は叩かれて追放される。

美しい第二夫人には知られるわけにいかない秘密がある。

美しい渓谷、水辺の風景の中で、水浴びする女たち。

女性の監督、そしてトラン・アン・ユン監督が美術監修。
この人知ってる、と思う年配の女優さんとか、なんだか見覚えがあると思う俳優さんが出ていたのだが、なんと、第一夫人がそのトラン・アン・ユン監督『青いパパイヤの香り』などでおなじみのトラン・ヌー・イエン・ケーであることに気づかずに観ていた。
日本でも沖縄とか奄美とか南のほうでは働き者の女たちと怠け者の男たち、と言うことが多い気がする。
あの息子、何か仕事してたのか?

とにかく、とても美しい、なかなかにエロティックなシーンもある、でも現代の女性の監督が描くとこうなる(どうなる?)作品。その官能描写により、東南アジアでは問題視されたというが、世界の各映画祭では賞を取っているとのこと。髪飾り?何か象徴的なものあったっけ?

国家が破産する日

http://kokka-hasan.com/
監督 チェ・グクヒ
出演 キム・ヘス ユ・アイン ホ・ジュノ チョ・ウジン ヴァン・サン・カッセル

経済成長が続いていた1997年韓国、韓国銀行の通貨政策チーム長ハン(キム・ヘス)は通貨危機を予測する。が、政府の対応は遅れる。
女性であるチーム長に対し、差別的対応をする財政局次官だが、ひそかに対策チームを作り、国家危機に乗じて自分たちの利益をもくろむ。
また、金融コンサルタントの男は大勝負に打って出る。

金融危機の中、自殺した中小企業経営者がたくさんいたという。危機の時こそ稼ぎ時、と大儲けした、目端が利くもしくはずる賢い人間たちもいたことを描く。

IMF経済危機、と言う言葉の記憶はあるが、そもそも国家が破綻するとは?と、経済問題にうとい私などなかなかわかりにくかったのではあるけれど。

2020年2月半ばの現在、コロナウィルス対策が遅れて、日本でも死者がでている。海外から、客船に閉じ込めた対策に批判が出て、やっと動き始めようかという状況。中国だからああなった、日本では大丈夫、ぐらいに思っていなかった?その当時の韓国も、タイではすでに起こっていたことだけれど、韓国は右上がりの成長を続けている、と言う認識だっただろう。

韓国映画を見るたびに、日本と違って政府批判的な骨太の姿勢をそこに見る。
いずれ後の世になって、世紀の馬鹿首相がいて、漢字が読めない、国会で自らヤジを飛ばして無駄に遅れさせる、国民の税金を個人で使う、などして国の評価を落としていった、と日本映画が作られるだろうか。

夢みる帝国図書館

著者 中島京子
出版社 文藝春秋

年初めに読んで、今年の私のベスト3入りほぼ確実。

物語の初めではまだライターの仕事をしている小説家希望、でしかない若い女性“わたし”と、若くない頭陀袋のようなスカートをはいている喜和子さんが出会う。上野の国際子ども図書館に行った帰りに。
図書館が主人公の話書いてよ、と言う喜和子さん。

喜和子さんと私の話と、作中作“夢見る帝国図書館”の部分が交互に出てくる。まずは明治政府要人たちが、西洋にはビブリオテーキなるものがあると知る、それを日本にも作ろう、となる話が夢見る帝国図書館編1。4の初めにに出てくる『今まではさまざまの事してみたが 死んでみるのは之が初めて』淡島椿岳・最後に出てくる椿岳の息子というじせ寒月の『針の山の景しきも観たし極楽の 蓮のうへにも乗りたくもあり』という辞世の歌、よろしゅうございましょう?

東京大学と言うものの初めに当たり、医学部とか理学部とかそういう学部が重用され、文学哲学が軽んじられた事とか、今、同じこと言ってるよね。あちこちに、今の政治の問題に通じるエピソードが出てくるんだなあ。

宮崎生まれ宮崎育ちだと言うのに、戦後の上野で小さい頃を過ごしたらしい、一緒にいたお兄さんが、図書館の物語を書いていたらしい喜和子さん。
段々と、喜和子さんの人生が明らかになって。

樋口一葉をちゃんと読んだことあったかなあ。読んでみよう。

パラサイト 半地下の家族


http://www.parasite-mv.jp/
監督 ポン・ジュノ
出演 ソン・ガンホ チャ・ヘジン チェ・ウシク パク・ソダム

半地下と言う場所に住むことが韓国にはあるようだ。当然湿気が高いし不衛生、電波も弱い。それでもそこに住むには経済的な問題があるからだ。
その住人が、ある日、友人が留学する間、家庭教師の代理を頼まれる。実は大学を落ち続けていることをごまかして。
とんでもない豪邸。
一人、一人と、知り合いを紹介する、と言う形で、家族がその家の使用人として採用され、“パラサイト”していく。

韓国ドラマでよく見る顔が出てくる、しょーもないドラマの顔と、全然違う、うまい!のですよ。
まあそもそもそこまで詐欺師の能力に満ちた家族が存在するの訳もないだろうけど、うまーく化けるのですよ。

コメディーでミステリーでホラーな展開。
とんでもない、ひとさまにお薦めしにくい韓国映画を、かなり見てきているのだけれど。
いやあ、観続けるに苦労しました。が、帰り道、なんかしみじみしているのでありました。

カンヌのパルムドール受賞作品。

幸福路のチー

監督 ソン・シンイン
声の出演 グイ・ルンメイ ウェイ・ダーション

アメリカで暮らしているチーのもとに、台湾の祖母が亡くなったと知らせが入る。久しぶりに帰った台湾は、昔とずいぶん違っている。
祖母は少数民族であるアミ族だった。子供の頃は、そのために野蛮人呼ばわりされたこともある。
そんな、75年生まれの少女の小学生時代、アメリカ人との混血の子ベティと親しくなる。その後医者になれという両親の期待で苦手な勉強をしていた時代、医学部ではなく自分の好きな文学部に入って学生運動をしていた大学時代。大地震。まだ戒厳令が存在していた時代、政治の話をすることが危険だった時代から、その後の民主化へ、変化の時代。今の、現実の問題と、思い出の中の、あるいは空想の中の、時を行き来する。
両親は台湾語で生活している。北京語はできない。学校では北京語を話さなければならない。祖母は本来アミ族の言語を話すのだろうが、ここでは北京語を話している。実際のこの時代ではまだ日本語の方がしゃべり易かったかもしれない、などと思うのだが。

社会人になって、忙しく働き、機会を得てアメリカに渡る。縁あって結婚する、そしてその関係の終わりが見えていて。

子ども時代のシーンで、誰呀誰呀誰呀(シェイヤーシェイヤーシェイヤー)♪と歌声、おお、誰だ・誰だ・誰だー、空のかなたに踊る影、ですよ、ガッチャマン!台湾でも放映されていたんだ。個人的には小虎隊(日本の少年隊をモデルに作られただろうアイドル)のポスター(マンガだけど)にニヤリ。

監督は京都大学で映画理論を学んだ後、コロンビア・カレッジ・シカゴで映画修士号を取得した女性。
2020年の初めに観た映画は、とても好きな作品でした。

去年の冬、君と別れ

著者 中村文則
幻冬舎文庫

女性を二人焼き殺したカメラマンの男、その事件のノンフィクションを書くために面会に行ったライターの男。

人形師が出てきたり、江戸川乱歩か!みたいな猟奇事件。不っっ自然な女とか。
語り手が代わるんだよ。眠い目をこすりながらちょっとずつ読む本じゃ無いね。二回目でまだ消化できなくて三回目をペラペラめくりましたぜ。

映画になったとは知らなかった。うーん、主役が岩田剛典ですか…そうですか。たぶん、だいぶアレンジしてあると見た。カメラマン木原坂が斎藤工…うーん。

中村文則は『掏摸』を読みかけて挫折したままだったが、それを貸し出してきた友人からこれも渡されたのでね。
2~3冊読み込んでみる所存です。

帰れない二人

http://www.bitters.co.jp/kaerenai/
監督 ジャ・ジャンクー賈樟柯
出演 チャオ・タオ趙濤 リャオ・ファン廖凡 

2001年、山西省大同。ヤクザ者の男、ビンは、麻雀荘やダンスホールを仕切り、地上げに関わっている。その女、チャオ。石炭産業が落ち目の時代。
ダンスホールでは“Y・M・C・A”“ジンギスカン”や“CHACHACHA”など日本でも流行っていた曲がかかっている。

葬儀で聞こえていたのは、確か香港映画“上海灘”の音楽。そしてダンスホールにいたカップルが社交ダンスで葬儀を盛り上げるのが日本人には不可解だが、台湾や中国の田舎では現代でも似たようなにぎやかな葬儀が行われるらしい。

ある日、チンピラたちに襲われる二人。ビンが持っていた拳銃を、空に向かって威嚇射撃するチャオ。そして、二人は監獄へ。

2006年、長江・三峡。数年のちには水底に沈む町。
出所したチャオはビンを探す。会おうとしないビン。

2017年、大同。
時を経てまた出会う二人。が。

賈樟柯監督は、長年の彼のミューズである趙濤と、2006年に『長江哀歌』でヴェネチア映画祭金獅子賞を獲っている。山峡ダムで水没するその奉節の町を舞台に。続編ではないが、その、中国と言う国の大きく変化する流れの中の、人間たちを描く、という意味ではつながる物語。彼の作品はどれも、そう言えるが。

女性歌手の歌声が、80~90年代初めごろの香港の誰?と思ったらサリー・イップだった。音楽の使い方が面白い。台湾の林強が音楽をやっていた。それから、中国の映画に詳しい人、馮小剛監督・張一白監督も、出演していますよ。

今まではずっとオフィス北野がかかわっていたなあ、と思い出していたが、日本人名がエンドロールにあった。どちら様か知らないけれど。

ある船頭の話

http://aru-sendou.jp/
監督・脚本 オダギリジョー
出演 柄本明 川島鈴遥 村上虹郎 伊原剛志 浅野忠信 村上淳 
   細野晴臣 橋爪功 永瀬正敏

映画が始まり、ああこの映像は好き、と思う。水辺の景色。
村の渡しの船頭さんは 今年60のおじいさん 年は取ってもお舟を漕ぐ時は
元気いっぱい櫓がしなる
と言う昔の童謡が現実だった時代。
木下順二が寺山修司にぶち当たった、みたいな、現実の中に幻想なのか何なのかわからない世界が入り込む。
川上では大きな橋の建設が進んでいる。それが出来上がったら渡し船の仕事は?ある日、船にぶつかったのは、川を流れてきた少女。まだ息があった少女を助ける船頭。
元気になった少女は、いっこうに口を利かないが、赤い見慣れない服を着ている。
河瀨直美監督作品の匂いも混じって来る、と思うのは虹郎と村上淳という父子が出ているせいかもしれないが。

今年の初め頃に観た、インド映画『ガンジスに還る』のことも思う。

まあとんでもなく豪華キャスト。

そして、最後の字幕で知る。
撮影監督 クリストファー・ドイル
衣装デザイン ワダエミ

美しいわけだよ。王家衛作品ででおなじみのクリスが撮ってたのか。ワダエミか、それで赤い中国風の服を。

時代の流れ、生きること、死ぬこと。
饒舌過ぎる部分もある気がする(分かり易いわけではない)。けれど、圧倒的に美しい映像、好きです。