「純平、考え直せ」奥田 英朗

junnpei出版社: 光文社 (2011/1/20)

待ってました!奥田英朗の最新作。
前々回の「オリンピックの身代金」は暗いトーンの作品でしたが、今度のこれ「純平、考え直せ」は思い切り笑わせてくれます。
タイトルからしておかしいでしょう?

坂本純平21歳は、幼い頃に親に捨てられ、兄弟、友人、お金、学歴、コネ、全てなし、夢なし、未来なしの歌舞伎町のチンピラ。
当面の目標が部屋住みを卒業して組のバッジをもらうこと。
その目標達成のチャンスが巡ってきました。それは、組長から与えられた「鉄砲玉」としての任務。

任務決行までの三日間を描いたドタバタ劇です。
新宿・歌舞伎町で出会う人々や、純平をネタにして勝手に盛り上がるネット掲示板上の若者たち。それぞれのセリフに何度も吹き出したり、切なくなったり。

いまどきのチンピラがどのようなものなのかは、その世界に疎い私には分らないのですが、ま、こんな純情なチンピラなんているのかなあと訝しく思いながらも、「純平、鉄砲玉になんかなるんじゃない。考え直せ」と、はらはら親心で念じつつ一気読みしました。
作品には「純平、考え直せ」と終始呼びかけている作者の姿も、くっきりと見えてきます。

WEBサイト「東北思い出写真館」

toohoku「東北思い出写真館」
先週テレビの朝番組で紹介されているのを見て、気になっていたサイトです。

今回の東日本大震災により一瞬にして消えてしまった風景。
「被災地前の姿を少しでも良いからもう1度見たい」という被災地の方々の声を受け、その失われた風景を一般投稿の写真によってネット上に復元し、被災地支援の一環としているサイトです。

写真は人の記憶を裏づけ、記憶を引き出し、記憶を定着させる力を持っていますね。
普通の人の記憶はかなり曖昧なもので、私も子供の頃や若い時分の思い出などアルバムでしか確認することはできません。

もちろん頻繁にアルバムを開いて記憶を確認しようなんてことをするわけではないのですが、むしろ古いアルバムはホコリを被って棚に打ち捨てられている我が家ですが、だからといってアルバムをまるごと捨てようと考えたことは一度たりともない。ちっとも大事にしてないくせに、とても大事なものなのです。

どんな写真にもその中に、人生のある一日のある一瞬が確かにあります。
写真は人の、人だけでなく町や国の存在証明みたいなものです。


サイト「脱原発ポスター展」

ああるさんから「脱原発ポスター展」知ってる?というメールをもらって、早速サイトを観てみました。
文章によるオピニオンサイトは多く読みましたが、こういうビジュアルで伝えるサイトもできているんですね。

サイトの主旨を読むと、とても共感できるものだったので、以下に「脱原発ポスター展」サイトの「はじめに」から抜粋転載させていただきます。
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「東電福島原発の事故でも明らかになったように、原子力発電は万一事故が起きた際は巨大な被害をもたらします。放射性廃棄物と半永久的に同居しなければならず、製造過程において二酸化炭素を放出することも知られています。原子力発電は、決して、私たちの未来を安心して託せるクリーンなエネルギーではありません。< br />私たちは、事実を知ることによって、その問題をどのように解決していくか、乗り越えていく術を考えることができるはずです。
自然エネルギーには解決すべき課題も多いでしょう。しかし「原子力はクリーンだ」と教えられた子ども達の中から、「自分が自然エネルギーの研究者になって課題を解決しよう!」という子が育つでしょうか?」   
 
(「はじめに」から抜粋)

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「はじめに」を読むと、私も気持ちは同じです。気持ちだけでなく、絵や言葉で表現できる人たちがいることを知ると、まだまだこの国も捨てたもんじゃない、と思えてきます。
「集まったポスターは、クリエイティブ・コモンズのライセンスに基づき、誰もが自由に使える」そうです。
        上のポスター、怖いですね。
子供たちの未来は、そのまま日本の未来の姿です。

「脱原発ポスター展」サイトの「事務局ブログ」では全国各地のデモ情報を掲載しており、鹿児島でも今週末デモがあることを初めて知りました。
鹿児島も原発を抱える県ですし、デモの一つくらいあって当然ですね。

「自転車にのるクラリモンド」石原 吉郎

今日、車で移動中カーラジオから、懐かしい曲が流れてきました。
シルヴィ・バルタンの「アイドルを探せ」、フランス・ギャルの「涙のシャンソン日記」、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」などなど、そのほか数曲。
1960年代に日本でヒットしたフレンチ・ポップスを特集した番組のようです。

1960年代は身近なアジアよりも遠い欧米の曲が主流で、いつもどこかで洋楽を聴いていた遠い記憶があります。量的にはアメリカンポップスの方が多かったかもしれませんが、シルヴィ・バルタンやフランス・ギャルの歌を聴き、フランスはおしゃれでかわいい、というイメージを子供心に刷り込まれたような気がします。

懐かしい歌声を聴いて懐かしい気分にひたっていたら、唐突に、昔気に入っていた詩を一つ思い出しました。
石原吉郎さんの「自転車にのるクラリモンド」という詩です。
フランスとは何のつながりもありませんが。

自転車にのるクラリモンド

石原吉郎

自転車にのるクラリモンドよ
目をつぶれ
自転車にのるクラリモンドの
肩にのる白い記憶よ
目をつぶれ
クラリモンドの肩のうえの
記憶のなかのクラリモンドよ
目をつぶれ

目をつぶれ
シャワーのような
記憶のなかの
赤とみどりの
とんぼがえり
顔には耳が
手には指が
町には記憶が
ママレードには愛が

そうして目をつぶった
ものがたりがはじまった

自転車にのるクラリモンドの
自転車のうえのクラリモンド
幸福なクラリモンドの
幸福のなかのクラリモンド

そうして目をつぶった
ものがたりがはじまった
町には空が
空にはリボンが
リボンの下には
クラリモンドが

「京都大学原子炉実験所 小出裕章氏に聞く」Peace Philosophy Centreは必見

「京都大学原子炉実験所 小出裕章氏に聞く」
※ustreamの動画はhttp://www.ustream.tv/recorded/13897618をご覧ください。(サイズが大き過ぎるのか、ページが開きにくくなるので、ここに掲載する事は諦めました…。)

4月12日に福島第1原子力発電所の事故は、深刻度を示す国際基準で最悪の「レベル7」に引き上げられました。
それを受けて「ええっつ!そんなに酷いことになっているの?」なんて驚くような人は、まあ、いなかったのではないでしょうか。もうすでに取り返しのつかない状況になっていることは、誰の目にも明らかだと思います。

状況が悪化するほどに、これ以上煽るようなことを言ってパニックを起こしてはいけない、という働きかけでもあるのか、テレビで「セシウムは筋肉に集まりやすく、筋肉はがんにならないので心配することはない」などと言い出す専門家(?)も現れて、そのことに私は驚きました。

パニックにならないためには、そんなお気楽な気休めは要らないから、ごまかしのない情報が欲しいと思います。これから日本国民が(日本以外の国々も)背負っていかなければいけないリスクを知っておきたい。
それにしても、放射性物質が桜島の灰のように目に見えるものだったら、まだ救われるんだけどと思いますね。目に見えないものは、無いことにしたいのが人情というものだから。

「Peace Philosophy Centre 」の4月13日の記事≪「原発必要神話」を打ち崩す—「真夏の3日、午後の数時間」のためだけに原発という危険をかかえるのは馬鹿げている≫は必見です。
原発なしでやっていける、と気休めでない希望を持てます。