「冠婚葬祭のひみつ/斎藤美奈子」「日本人のしきたり/飯倉晴武」

仕事納めの28日夜から風邪を引き、貴重な正月休みも台無しになっています。
起きているのも辛いが、寝てしまうには哀しい大晦日の夜。せめてブログの一つも書いておきたい。

最終日までついていない今年一年を振り返ってみると、春から、お葬式やお墓、宗教について考えさせられるいくつかの祭事があったため、関連した本を数冊読みました。
その中で面白かった2冊をメモしておきます。
kankonsousai「冠婚葬祭のひみつ」斎藤美奈子/岩波新書


冠婚葬祭、それはきわめて不思議な、そしておもしろい文化である。
まれにしかないビッグイベントだからだろう、冠婚葬祭に遭遇すると、人はみな、そわそわと浮き足立つ。日頃は気にもしない「しきたり」「作法」「マナー」「常識」「礼儀」などが急にパワーを発揮するのも冠婚葬祭。日頃は信じてもいない宗教が急に必要になるのも冠婚葬祭。日頃は忘れている「家」の存在を強烈に意識するのも冠婚葬祭だ。(「はじめに」より抜粋)


私は無宗教者である上に、「しきたり」「作法」「マナー」「常識」「礼儀」という言葉自体に、軽く拒絶反応を持つ者です(ついでに言えば「品格」なんてのも)。
こんな私でも社会生活を営む以上完全に避けることのできないのが「冠婚葬祭」。
そして何故かしら、親戚付き合いにおいてもめごとの種を生み出し、火を点けるのも「冠婚葬祭」の場。

そもそも最初にその、「作法」や「マナー」とかを思いついたのは誰なんだ?冠婚葬祭の「常識」とか「礼儀」とか、いったい誰がどうやって決めているの?って疑問に思いませんか?

気持ちをカタチであらわしたものが「作法」「マナー」になっていくんでしょうけど、それが「しきたり」となっていくと、何故かしら気持ちよりカタチが大事と押し付けがましくなっていくように思います。
この本は、「しきたり」に逆らうのは難しい、と思っている方が読むと、ちょっと気楽になれる1冊 です。

sikitari もう1冊は、
 「日本人のしきたり」飯倉晴武[編集]/青春新書

日本人の信仰のルーツや人生の節目節目で執り行われる行事の由来やしきたりなどを、簡潔に、また、中国や韓国から移入された思想や宗教が日本的にアレンジされ、時代の変遷とともに廃れたり、形を変えていく様をさらりと、紹介しています。

「正月行事のしきたり」の項を読むと、「初日の出」を拝む習慣は、古来からの習慣かと思っていたら、意外と近年に始まったことのようです。
おせち料理はもとは正月料理ではなかった」とか、「年男とは、もともとは、正月行事を取り仕切る男のこと」とか。
クイズ番組で出題されているようなトリビアが満載ですね。

年末最後の大晦日は、「新年の神様である年神様が来るのを、寝ないで待つ」のがしきたりだそうです。でも、もうこれ以上起きて居られない。年神様を万全の体調でお迎えできなくて残念です。

皆さまはどうぞ良いお年をお迎えください!!

「本の本」斎藤 美奈子

honhon最近、“斎藤美奈子”に嵌って、ブックオフで見つけるや必ず購入しています。
きっかけは、『打ちのめされるようなすごい本』(米原万理/文春文庫)の中で米原万理さんが「斎藤美奈子の本は全部読んでいる」とファンぶりを披露していたので、じゃあ、私もちょいと1冊読んでみるかと『モダンガール論 』に手を出したのが始まり。
気が付くと
『誤読日記』
『読者は踊る 』
『物は言いよう』
『冠婚葬祭のひみつ』
『それってどうなの主義』
文章読本さん江
『妊娠小説』
『文壇アイドル論』
『文学的商品学』
と読み続け、もう一冊、あと一冊、もう無いのか?もっと読ませろ!と酒乱気味になっていました。
文庫化されている作品が少ないせいか、売れっ子作家ではない(たぶん)せいか、大型書店でも棚に無く、取り寄せ扱いの物が多く、結局はアマゾンで中古本を購入。 ついに、コップ酒じゃあ満足できず一升瓶をラッパ飲みするアル中(実際にはこんな人見たことないけど)さながら、厚さ5cm、ページ数にして730ページの『本の本』まで手に入れてしまいました。 そしてそれを一気読み・・・というわけにはさすがにいきませんでしたが、読んでいる間の数日間の楽しかったこと。気持ちよく酔わせていただきました。

『本の本 1994-2007』(筑摩書房 2008年)は、斎藤美奈子さんが「1994年7月から2007年3月まで、新聞、雑誌など各種媒体に発表した書評および読書エッセイの詰め合わせ」というものです。
『本の本』の索引をもとに私が数えたところ、この本の中で名前が挙がった作家の数は633人。(数え間違いがあったらお許しください。)
取り上げられた作品数は、面倒なので数えませんでした。

私は新聞を取っていないし、最近では雑誌もめったに読まないので、「書評欄」というものを目にする機会があまりありません。だから「新聞や雑誌の書評欄なんて、評論家が出版社や作家の意向に沿った提灯記事を書いているに過ぎないのだろう」てな冷めたイメージを勝手に持っていたのですが、世間知らずでした。

斎藤美奈子さんは小説・随筆はもとより、学問書、歴史書、文化論、文化史、趣味・教養系と幅広いジャンルの大量の本と一冊一冊、真摯に向き合って、その作品の上っ面を読んだだけでは見えてこない面白さを的確な言葉で読者に伝え、ここまで言っていいのか?仕事が来なくなるのではないか?と読者が心配になるほどの毒舌でもって作品のダメだしをビシバシとやってのける。この毒舌が痛快です。くせになりますよ。

それにしても、仕事とはいえ大変な読書量です。 日頃私は”趣味は読書”なんて放言していますが、この『本の本』の中で、読んだことのある本はたった12冊でした。
『平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺信彦博士、並びに、』(石黒達昌/福武書店)という奇抜なタイトルの本が存在することにも驚きました。
聞いたこともない作家名も盛沢山。 すぐにでも読んでみたい気になる本も20冊ほどリストアップできて、収穫の多い1冊となりました。

私ではこの『本の本』の魅力を十分にお伝えすることができないので、興味のある方は『松岡正剛の「千夜千冊」遊蕩編』(1927夜)を読まれることをお勧めします。
※『松岡正剛の「千夜千冊」遊蕩編』(1927夜)ページはリンク切れとなっています。
『松岡正剛の「千夜千冊」』サイトはこちらから(
https://1000ya.isis.ne.jp

山頭火著作集Ⅳ

引っ越し前整理をしていると、押入れの天袋や階段下の物入れから何年も開いたことのないクリアケースや紙箱が出てきました。
中に何が入っているか、開けてみるまで思い出せない大小の箱。
子供たちのへその緒や母子手帳や予防接種記録カード、七五三の着物、保育園のランドセル、帽子、絵、工作物、落書き、「母の日」の造花のカーネンション・・・ほとんどが子育て時期の品々だったりして懐かしい思い出を喚起されたりするわけですが、中には全く思い出につながらない不思議なモノもあります。

たとえば手書きの地図が書かれた紙切れ。数本の線だけで描かれているので、どこへ行く地図なのか、誰が描いたものなのか、何よりも何故捨てずにしまっておいたのか知りたいけど、もはや何一つ思い出せません。
引っ越し前整理は記憶の発掘作業です。

とっくに捨てただろうと思っていた紙切れも出てきました。
クリップで止めたメモ用紙7枚。びっしりと“山頭火”の句が書き込まれています。
日焼けして判読できない文字さえあります。
そうそう、70年代後半は“山頭火”ブームだった。たぶん。
少なくとも私の中ではブームだったようです。ロックが流れる居酒屋で、誰からか「山頭火著作集Ⅳ」を貸してもらい、それを小さなメモ帳にびっしりと書き写したのでした。
その句を数えてみると、なんと126句!
全部書き写す気だったのか?と若いころの自分に問い質してみたいところです。

以下に126句の中から迷って迷って今の気分で選んだ30句を。

山頭火著作集Ⅳ

種田 山頭火

分け入っても分け入っても青い山
この旅果もない旅のつくつくぼふし
笠にとんぼをとまらせてあるく
まっすぐな道でさみしい
雪がふるふる雪見てをれば
また見ることもない山が遠ざかる
百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
どうしやうもないわたしが歩いている
誰か来さうな空が曇ってゐる
すわれば風がある秋の雑草

さてどちらへ行かう風がふく
悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか
遠山の雪も別れてしまった人も
いつでも死ねる草が咲いたり実ったり
月夜、あるだけの米をとぐ
よびかけられてふりかへった落葉林
ここまで来し水を飲んで去る
ふっと影がかすめていった風
何を求める風の中ゆく
天の川ま夜中の酔ひどれは踊る

日ざかり赤い花のいよいよ赤く
夕焼雲のうつくしければ人の恋しき
水がとんぼがわたしも流れゆく
しんじつ一人として雨を観るひとり
何を待つ日に落ち葉ふかうなる
風は何よりさみしいとおもうすすきの穂
風の中おのれを責めつつ歩く
其中一人いつも一人の草萌ゆる
何が何やらみんな咲いている
ほととぎすあすはあの山こえて行かう

「キングの死 ジョン・ハート著」と書かれたメモも出てきました。引出しにしまったままの夫のシステム手帳に挟んでありました。
これは夫が入院中のベッドで書いたもの。「児玉清のおすすめの本だよ。読んでみたら」と言ってミステリー好きの私に渡してくれたのでした。
その頃ラジオで児玉清さんの番組があり、夫もよく聴いていていました。
児玉清さんはミステリーファンで、この「キングの死」を大絶賛していたことを思い出しました。本の方はどんな内容だったか、全く覚えていないのですが。

現代詩花椿賞「永遠に来ないバス」小池昌代

もうじき家を引っ越すことになり、毎日が仕分け作業です。
家具はたいして多くないけど、こちゃこちゃ細かい雑多なもので家中が構成されており、それらの全ての品々になにがしかの思い出があり、「いる、いらない作業」はスムーズにはいきません。

そして誰でも経験あることだと思いますが、本や雑誌の整理など始めるとついつい読みふけって、作業は中断。すっかり辺りが暗くなっても読書に夢中になっちゃたりして。

古い雑誌と雑誌の間に「花椿」が2冊挟まっていました。
「花椿」とは資生堂が発行している40ページほどの小冊子です。資生堂のwebサイトによると創刊は1937(昭和12)年!だそうです。

創刊以来、写真やグラフィック等のビジュアルはもちろん、エッセイや小説等の読み物を通して、ひとがこころ豊かに、美しく生きるためのヒントをお届けしてきました。
2007(平成19)年7月号の創刊70周年を機に、「美」と「知」をさらに深く追求するとともに、読者からの「もっと見たい」「もっと読みたい」という声に応えて、リニューアルを行いました。
奇数月号にはファッション、ビューティー、アート、カルチャーなどの情報をカラフルなビジュアルで見せる『みる花椿』を、偶数月号には小説、批評、コラムなどさまざまな読み物を中心とした『よむ花椿』を交互に発行しています。(資生堂のwebサイトから)

以前は化粧品店の店頭に積まれて置いてあり、ご自由にお取りください、って感じだったので、化粧品は買わないくせに「花椿」を見つけると必ず持って帰っていました。
表紙から最後のページまで、美しい写真やイラストで見せる、読ませる、おしゃれ情報満載。しかも著名人の文章も掲載されていて、これがフリーペーパーとは驚きです!
まあ、でも実際は無料ではありません。ちゃんと値段があります。手元にある1997年№570号には定価100円(税込)と表示されています。
100円でも安過ぎますが、販売促進グッズ扱いなんでしょうね。今はどうなんでしょう?今もタダでもらえるものなのでしょうか。化粧品店に縁遠くなったせいか、歩いていて「花椿」を見かけるってことがなくなりました。

さて、本題。
1997年№570号の「花椿」は第15回現代詩花椿賞の発表号でした。
この冊子をいらないボックスに入れる前に、受賞作品『永遠に来ないバス』(小池昌代)を転載しておきます。

永遠に来ないバス
小池昌代

朝、バスを待っていた
つつじが咲いている
都営バスはなかなか来ないのだ
三人、四人と待つひとが増えていく
五月のバスはなかなか来ないのだ
首をかなたへ一様に折り曲げて
四人、五人、八時二〇分
するとようやくやってくるだろう
橋の向こうからみどりのきれはしが
どんどんふくらんでバスになって走ってくる
待ち続けたきつい目をほっとほどいて
五人、六人が停留所へ寄る
六人、七人、首をたれて乗車する
待ち続けたものが来ることはふしぎだ
来ないものを待つことがわたしの仕事だから
乗車したあとにふと気がつくのだ
歩み寄らずに乗り遅れた女が
停留所で、まだ一人、待っているだろう
橋の向こうからせり上がってくる
それは、いつか、希望のようなものだった
泥のついたスカートが風にまくれあがり
見送るうちに陽は曇ったり晴れたり
そして今日の朝も空に向かって
埃っぽい町の煙突はのび
そこからひきさかれて
ただ、明るい次の駅に
わたしたちが
おとなしく
はこばれていく

 

「100,000年後の安全」と「静かな黄昏の国」

tirasi01お盆休みに「100,000年後の安全」を観てきました。
映画館に足を運ぶのは年に1回あるかないかの生活ですが、今年は2回目。
前回の「ソーシャルネットワーク」はTOHOシネマ与次郎で、300席余りある部屋に観客は4人という贅沢空間を味わいましたが、今回のガーデンズシネマは席数39席。観客は20人足らず入っていたかな。リビング感覚がここちよいミニシアターでした。

100,000年後の安全」は、フィンランドのオルキルオト島にある、高レベル放射性廃棄物永久地層処分場「オンカロ」を撮ったドキュメンタリーです。

オンカロは世界で唯一の高レベル放射性廃棄物の最終処分場です。

原発が出し続ける危険で大量の廃棄物の最終処分については、アメリカも日本もどの国もまだ具体的な建設は始まっていません。建設できるかどうかも分かっていません。

フィンランドは世界にさきがけて地層処分場の建設を決定しました。この危険なゴミを未来の子孫に押し付けてはいけないという責任感からですが、オルキルオト島の固い地層、という地の利があったからこそ推進できたプロジェクトでしょう。

2004年から、最終的には地下520メートルに達する予定で、地下都市並みの広大な地下トンネルを掘り進めています。
これはフィンランドの原子炉4基分のための処分場だそうです。

「2020年までに運用を開始し、その後2120年頃まで埋設処分に利用し、100年後に施設が満杯になった後は、坑道を埋め戻して完全に封鎖する予定」だそうです。

tirasi02封鎖した後はオンカロができる前の状態に戻す。
それは緑豊かな森と人間の暮らしのある住宅が建ち並ぶ生活環境を 整え、その地下に何かがあるなどと誰も疑わない、ごく普通の風景を造りだすこと。

そこで、この映画のテーマは、「10万年後、そこに暮らす人々に、危険性を確実に警告できる方法はあるだろうか。」というこです。

オンカロの入り口に、言葉や絵図やモニュメントなどを使って、何とか未来の人類に「ここは危険だ」と警告すべきだと考える人たちがいる一方で、一切の警告はやめて何もないことにした方がよいという、相反する意見があります。
どうやったら未来の人類に危険を伝えることができるか、それは誰にも分からないし、警告はむしろ人間の好奇心を煽り、逆効果になるのではないかという危惧があるからです。
警告すべきか、しない方がいいのか・・・あなたならどっちを選びますか?

「100,000年後の安全」を観たので、同じく“最終処分場”を扱った小説、篠田節子の「静かな黄昏の国」のこともメモしておきます。

tssogare篠田節子「静かな黄昏の国」
出版社: 角川書店 (2007/03)

「終の住みかは、本物の森の中にしませんか?」終身介護施設の営業マンの言葉に乗り、自然に囲まれた家に向かう老夫婦。彼らを待っていたものは―。表題作「静かな黄昏の国」を含む八篇の作品集。(「BOOK」データベースより)

十万年後という遠い未来の話ではなく、核廃棄物施設で事故があり、それから40年ほど経った、とある町のリゾート型修身介護施設の話です。

「経済大国と呼ばれた頃の五、六十年前の面影など、もうこの国のどこにも残っていない。現在の日本は、繁栄を謳歌するアジアの国々に囲まれ、貿易赤字と財政赤字と、膨大な数の老人を抱え、さまざまな化学物質に汚染されてもはや草木も生えなくなった老少国なのである。」という時代設定がとてもリアルです。

1966年、日本で最初の原子力発電所、東海発電所が運転を開始しています。
たった20年でも人は過去の真実を忘れるようです。
でなきゃ原爆を落とされた国が原発を造るなんて、そんな発想ができるわけがないですよね。

福島の原発事故後の日本の現状を考えると、人間の欲の前にはどんな真実も無意味に思えたりもしますが、できるだけ多くの人が、現状を嘘偽りなく、決して改ざんすることなく、後世の人たちに伝え続けていくこと、それが大事ですね。