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  • 「物語のはじまり/松村由利子」

    monogatari01中央公論新社/2007年

    「1. 働く」
    「2. 食べる」
    「3. 恋する」
    「4. ともに暮らす」
    「5. 住まう」
    「6. 産む」
    「7. 育てる」
    「8. 見る」
    「9. 老いる」
    「10. 病む、別れる」

    以上、10のテーマに分けて、松村由利子さんが113人の歌人を選び、180首余りの短歌を紹介しつつ、一つ一つの作品に著者なりの解釈と想いを綴ったエッセイです。
    未知の歌人や短歌に多く出会える短歌集としても楽しめますし、松村由利子さんの解説が面白く、エッセイとしても読みごたえのある一冊でした。

    「三十一音という短い詩型がもつ力、それは物語を内包する力ではないかと思う。こんなに小さな形なのに、人生のいろいろな場面が凝縮されていて、読む者の胸に届いた途端みるみるうちに感情をあふれさせる。」

    (「おわり」から)

    日々に何かしらひどく屈託があるとき、平たく言えば落ち込んでいるとき、私は詩歌集を読んで、ずいぶん慰められたものでした。
    短歌は言葉が少ないから、感情までの距離が短い。そこが魅力です。
    即座に感情を刺激してくれる。
    言葉がストレートに心に届く。
    私が言葉にできないでいる日々の屈託を、たった三十一の文字で鮮やかに表現してくれる。
    全くただの日常の一場面でしかない光景でさえ、心に沁みる歌になり、ハッとさせられる。

    私が住んでいる狭くて小さい日常にも、実はたくさんの窓があって、もっといろんな風景が見えるんだよ、と感じさせてくれる作品。短歌に限らず本でも映画でもアートでも音楽でもなんでも。
    そんな作品に出会うと嬉しくなり、縮こまっていた気持ちが解れていくようです。

    今回特に印象に残った作品を少し挙げてみます。
    何度も落ち込むので何度も開いてしまう本ですが、それを読むときの生活状況とか(ころころ状況が変わるので)それに伴う自分の心境とかで、作品の印象もずい分変わります。この次読むときは、また別の作品に心惹かれているかも知れませんが。

    もし豚をかくの如く詰め込みて電車走らば非難起こるべし

    奥村 晃作

    水桶にすべり落ちたる寒の烏賊いのちなきものはただに下降す

    稲葉 京子

    日本のパンまづければアフリカの餓死者の魂はさんで食べる

    山田 富士郎

    わが使う光と水と火の量の測られて届く紙片三枚

    大西 民子

    安売りの声がはじけるスーパーでいらないものを買って帰ろう

    船橋 剛二

    駅前に立ち並ぶ俺 お一人様1本限りのしょう油のように

    斉藤 斎藤

    のちの世に手を触れてもどりくるごとくターンせりプールの日陰のあたり

    大松 達知

    サバンナの像のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい

    穂村 弘

    たちまちに涙あふれて夜の市の玩具売り場を脱れ来にけり

    木俣 修

     

    著者の松村由利子さんは、2010年より沖縄県石垣島に住んでおられ、ブログで島の生活やいろんな歌人の作品を紹介しています。
    そらいろ短歌通信  松村由利子の自由帳 (http://soratanka.seesaa.net/

    「宇宙は何でできているのか」/村山 斉と「ルバイヤート」

    村山 斉/幻冬舎新書
    2010年9月発行

    これまで、「万物は原子でできている」という考えが常識とされてきましたが、2003年に「原子以外のもの」が、宇宙の約96%以上を占めていることが分かったそうです。

    宇宙のエネルギー

    • 星と銀河        0.5%
    • ニュートリノ       0.1~1.5%
    • 普通の物質(原子)  4.4%
    • 暗黒物質        23%
    • 暗黒エネルギー    73%
    • 反物質         0%
    • 暗黒場(ヒグス)   10%??
    • 『宇宙は何でできているのか』 p44図6参照

    では、「原子以外のもの」の大半を占める、「暗黒エネルギー」とは?「暗黒物質(ダークマダー)」とは?いったいどんなものか。
    それはまだ名前しかついていない正体不明のもの。でも「ある」ということは分かっているそうです。
    宇宙は、不思議がいっぱい、まだまだ謎だらけ。

    2014-09-07-01.58まあ、「地球が秒速30㎞という猛スピードで公転している」ということすら知らなかった無知な私ですから、この1冊で宇宙を理解しようなんて土台無理な話ですが、謎解きの過程を垣間見る楽しさを味わえました。

    「宇宙は、どうやって始まったのだろう?
    遠くに見える星は、何でできているのだろう?
    どうして、自分たちはこの宇宙にいるのだろう?
    宇宙はこれからどうなっていくのだろう?」
    という素朴な疑問に挑み続ける科学者たちによって、素粒子の法則から宇宙の構造まで、謎は少しずつ、時には飛躍的に解き明かされ、壮大な宇宙マップが作成され続けていることが、本書を読んで分かります。

    2014-09-07-13.28そういえば、文部科学省の「科学技術週間」サイト「一家に1枚」というコンテンツがあります。ここに「宇宙図」のポスターがpdfファイルで提供されています。
    私の持っているものは2007年版なのですが、現在は2013年版。ちゃんと更新されているんですねえ。

    「一家に1枚」http://stw.mext.go.jp/series.html

    宇宙図以外にも「たんぱく質」「鉱物」「太陽」「磁場と超伝導」「未来をつくるプラズママップ」「天体望遠鏡400年」「光マップ」「 ヒトゲノムマップ」「元素周期表」等があります。中高生のお子さんのいらっしゃるご家庭に、「一家に一枚」はおすすめです。

    さて、本書を読んで、11世紀ペルシアの詩人、ウマル・ハイヤームの詩を思い出しました。若い頃、ノートにいくつか抜き書きしていたものです。その中の2節をメモしておきます。

    『ルバイヤート』

    ウマル・ハイヤーム

    われらが来たり行ったりするこの世の中、
    それはおしまいもなし、はじめもなかった。
    答えようとて誰にはっきり答えられよう――
    われらはどこから来てどこへ行くやら?

    来ては行くだけでなんの甲斐があろう?
    この玉の緒の切れ目はいったいどこであろう?
    罪もなく輪廻の環の中につながれ、
    身を燃やして灰となる煙はどこであろう?

     追記

    ああるさんのコメントに返信していて、「Mitaka(ミタカ)」のことを思い出しましたので、ここにもメモしておきます。
    「Mitaka」は、「国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト(http://4d2u.nao.ac.jp/)」が提供するフリーソフトです。
    自分のPC上で、「地球から宇宙の大規模構造までを自由に移動して、宇宙の様々な構造や天体の位置を見る」ことができます。
    容量が大きいソフトなので少々注意が必要かも・・・

    ダウンロードはこちらから→http://4d2u.nao.ac.jp/html/program/mitaka/

    擦り傷治療と中桐雅夫の詩

    昨年の話で恐縮ですが、暮れも押し迫ったある朝、私は路上で転倒。左足打撲と膝に大きな擦り傷をこしらえました。
    出勤ラッシュの車が渋滞している真っただ中での出来事で、派手に転んで血はダラダラ。
    恥ずかしさで、その場から逃げるように立ち去ったのは、言うまでもありません。
    まったく!いいトシした大人が、なんてザマ!と我が身に罵声を浴びせながらも、こんな大きな擦り傷をこしらえるのは久しぶりだなあと、ちょっと懐かしい気分がしました。

    子供の頃はよく転んだものでした。なんせ運動能力が劣る子供だったので、何度も転んでは足の両膝を擦りむき、今でも痕が残っているのです。
    大人になっても能力は向上せず、3年前にも大転倒した経験があります。その時は擦り傷はなく、全治2ケ月の打撲のみ。しかも周囲に他人のいない場所だったので、羞恥心もなし。
    そう、誰も見てなきゃ、ちょっと転ぶくらい、どうってこともない話なんですよねえ。

    しかしまあ、転んでもただでは起きないのが大人のたしなみです。せっかくの機会だから擦り傷の治療法についてネットで検索してみました。すると、今までの私の常識を覆す意外な治療法が出てきました。

    これまで、傷の手当てと言えば、傷口を水で洗ったのち消毒液でしっかり消毒し、ガーゼ等を当てて傷口を保護。かさぶたが出来るのを待つ、というものでした。
    実際、消毒液を買いに行った薬局でも同様の説明を受け、消毒液と傷当てパッドとステロイド系軟膏を勧められて購入しました。
    しかし従来の傷当てパッドって取り替えるときに、痛いんですよねえ。かさぶたができるときはモゾモゾと痒いし、うっかり剥がれるとまた出血して、何度でも痛い思いをしますね。
    それが私の常識だったのですが、ネットによると、消毒しない、かさぶたをつくらない、痛くない、治りが早い、傷あとが残りにくい、「閉鎖湿潤ラップ療法」という治療法があるそうです。
    これには食品用ラップを使うというから驚きです。

    「正しいケガ(傷)の治し方 ~消毒をしないうるおい湿潤治療(ラップ療法)~」http://homepage2.nifty.com/treknz/wound_care.html

    上記のサイトによると、「閉鎖湿潤ラップ療法(うるおい療法)のポイントは、消毒薬は決して使わないこと」とあります。その理由として
    「消毒薬は要は細菌(細胞)を殺す”毒”であって、当然人間の正常な細胞に対しても毒性があります。傷を消毒するということは、傷を治そうと活躍している人間の細胞をも殺すことになり、かえって傷の治りが遅くなります。消毒をすると傷が滲みて痛いのはまさに細胞が悲鳴を上げている証拠。はっきり言ってキズの消毒なんて自傷行為とおなじです」とのこと。

    そういえば以前読んだ、立花隆の「がん 生と死の謎に挑む/文藝春秋」にも、こんな記述がありました。
    「通常、傷口ができると、体から盛んに救援を求める信号物資が放出されます。この物質を感知するとマクロファージなどの免疫細胞が集まります。マクロファージは細胞の移動や成長を促す物質を放出します。こうした物質に刺激を受けて皮膚の細胞が移動を開始し、傷口を修復します」

    傷を治すのはヒトの免疫細胞の力。確かに消毒は必要ないかもと思い「湿潤治療(ラップ療法)」を試してみることにしました。

    治療手順は次のとおり

    1. 傷を水でよく洗う。消毒はしない!
    2. 傷を被うように少し大きめのラップをあてて、縁をテープで留める。可能ならどこかに隙間を残しておく。
    3. 翌日から毎日傷を水洗いし、ラップを交換。夏場など発汗の多い季節は日に1-2回程度繰り返す
      (「正しいケガ(傷)の治し方 ~消毒をしないうるおい湿潤治療(ラップ療法)~参照)

    いったんは消毒をしてガーゼの傷当てパッドを当てていたのですが、さっそくパッドを外して(痛かった)、傷口を水洗いし、軽く水気を取ってラップを、テープが無かったため、膝にひと巻きました。
    その上からレギンスを着用。
    ラップをすると傷口からドロドロの体液が浸み出してくるのが分かります。これは結構匂います。人に気づかれるることはなかったけど、このままで大丈夫なのかと不安になるくらい。
    シャワーで傷口を水洗いしてドロドロを洗い流す。水気を取る。ラップを取り換える。それを毎日、浸出液がなくなるまで2週間余り、繰り返してみました。
    傷口を洗うたびに、周囲から皮膚がきれいになって、傷の範囲が小さくなっていくのを実感できます。
    途中からラップはやめて、市販されているハイドロウェットという医療パッドを使用しました。膝にも楽に貼れて剥がれない。手間いらずで便利な物です。使用上の注意を読むと、「浸出液の少ない傷に使用すると疼痛を引き起こすことがあります。このような場合には、水道水等で事前に傷口を十分に湿らせて使用してください」とありますので、そのへんは注意が必要です。

    擦り傷範囲が大きかったせいか、傷が1cm大くらいになるまで1か月ほどかかりました。
    傷口を水洗いする際、まったく痛みがない。ラップやパッドを取り換える際にも、もちろん痛みはない。かさぶたができないから痒みや突っ張りもない。最初から最後まで傷の痛みを感じないですむところが何よりもよかったです。
    もちろん傷の状態、怪我の原因によっては病院に行くべきだったり、薬が必要だったりしますが、通常の擦り傷ならこのラップ療法はおすすめです。

    もっとも、この治療法、私が知らなかっただけで、もうすでに世間では常識なのかもしれませんね。遅まきながら、ハイドロコロイド材の救急絆創膏のコマーシャルが、テレビで流れていることにも気が付きました。

    ところで、「擦り傷」という言葉から、中桐雅夫の詩を思い出しました。確か、擦り傷ができたっていう詩があったなあと古いノートを開いてみると、それは「誘拐」というタイトルの詩でした。擦り傷ではなく、かすり傷でしたが。

    「誘拐」

    中桐雅夫 「夢に夢みて」より

    心の子供がかどわかされて
    おれにはつらく激しい日々が続いている
    二月の夜の二時 ひとり壁に向かって飲む
    ウィスキーはよもぎのように苦い。

    ふと気がつくと
    右手の甲にかすり傷ができて
    薄い血がにじんでいた

    いつ怪我したのか わからない寂しさ。

    五年たったら英雄の死も忘れられる
    十年たったら戦争もなかったのとおなじだ
    おれももっと早く記憶を棄てるかもしれん。

    人さらいよ 骨の細い哀れな子供を
    どこかで大事に育ててくれ
    おれも生きてゆくだけは生きてゆくから。

    身体の傷ならラップでうるおい湿潤治療、心の擦り傷にはお酒でうるおい治療、なんて。今読むと、ちょっと茶化したくなる”70年代の男の香り”がします。

    小西 啓の二冊の歌集について

       ♦  いつかまた
         出会えるような雰囲気を
         自分はいつも残せずにおり

       ♦  雑踏の中で
         見つけた真実か
         俺も他人の足を踏んでおり
     
       ♦  急激に悲しくなりき
         反抗期終えてしまえば
         何もない俺

               『こうしなければ生きていけなかった』より

    10数年前、地方新聞に載った上記の短歌3首をたまたま目にして、小西啓さんという歌人を知りました。ずっと心に引っかかっていて、だいぶ経ってから二冊の歌集を購入しました。
    あまり知られているとは思えない歌人なので、少し紹介してみたいと思います。

    《プロフィール》 

    1976年11月4日、京都に生まれる。
    14歳の頃より独学で作歌を始める。
    高校1年生の秋、学校が嫌になり休学。単身北海道に渡り、酪農家の元で牛の世話をしながら半年間過ごす。復学後は、親元を離れて安アパートを借り自活しながら通学する。卒業後、書きためた短歌ノートを手に上京。アルバイトをする傍ら、自作の原稿を出版社に売り込み続け、20歳の時に『恋人よ、ナイフを研いでくれないか』(発売・星雲社/発行・ 創栄出版 1997年5月)、
    その翌年には『こうしなければ生きていけなかった』(発行・現代思潮社 1998年6月)を刊行。

       「意志ばかり生む夜」著者略歴より
            (2000年12月発行無明舎出版)

    『こうしなければ生きていけなかった』は1998年、21歳の頃に出した小西啓さんの2冊目の歌集です。
    捨てた故郷に向けて詠まれた歌の数々。
    親に背いて親を想い続け、友を拒みながら友を求めている。
    居心地の良い場所からは、いつも立ち去り、
    光を求めているのに、暗い狭い道を選んで歩く。
    社会に順応できない、人に馴染めない、自意識過剰でナルシストで甘ったれで、いじけていて、まるで、そのまんま21歳の頃の自分みたい、と遠い昔を振り返らずにはおれない中高年の方も多いのではないかと思います。もちろん私も。

         ♦  日が落ちて家に灯がつく気味悪さ
           裸電球
           風もなく揺れ

               『こうしなければ生きていけなかった』より

    『意志ばかり生む夜』は24歳の時に出版。東京の暮らしに慣れ、「不意の寂しさに立ち寄る場所」を見つけたり、反面、思うように短歌が作れないもどかしさも歌われていたりします。
     

         ♦  一日の終わりはどこにあるのだろう
            夜は長くて意思ばかり生む

         ♦  脱サラのサックス吹きが
            高架下
            出だしの音を繰り返す街

         ♦  立ち去るのが好きな奴らが
            とどまりて
            リキュールの夕日眺めていたり

                  『意志ばかり生む夜』より

    キラキラ輝く昼と、惨めで孤独な夜を持つ青春。
    地味さや暗さを恐れる若い時分には、共感したとしても認めたくない歌かもしれません。
    もう少し派手なエンターテインメント性がある手段を選んでいれば、若者受けしたかもしれません。
    しかし、小西啓さんは、自己表現の手段として、「短歌は回りくどくなくて、性に合う。」と書いています。


    俺は短歌を書く。
    十四歳の夏からだ。
    短歌は、短い言葉と定型で自己を表現する。
    回りくどくなくて、性に合う。
    この歌集は、俺の物語の断片だ。俺のすべては説明できない。
    日ごと夜ごと創作に没頭するが、朝になれば俺はもうそこにはいない。
    だが、
    それらの日々の作品を一つ一つ結んでいくと、最後に何かが現れてくる。
    まるで、煤けた壁に落書きされた、哀れな自画像のようなものが。
    俺の歌集は、それだ。

                  『意志ばかり生む夜』より

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    「詩とことば」荒川洋治

    sitokotoba「詩とことば」 荒川洋治


    発行:2012年6月 岩波現代文庫
    知らないうちに私たちは、生活のなかで、詩のことばを生きている。しかし、詩とは、なにをするものなのか?その意味を考えることは、私たちと世界とのあたらしい関係をひらくことにつながっている。詩をみつめる。詩を呼吸する。詩から飛ぶ。現代詩作家が、詩の生きる時代を照らしつつ、詩という存在について分析する。
    (背表紙から)


    近年、詩がメディアに登場し話題になった出来事と言えば、昨年の東日本大震災のあと、企業CMの代わりにテレビで流れたACジャパン(旧公共広告機構)のCMが思い出されます。金子みすずの『こだまでせうか』や、宮澤章二の『行為の意味』という詩を、毎日何度も耳にしました。
    あまりに大量に流されたため、ACジャパンはヒンシュクを買ったけど、ネット上、特にツイッターなどでは詩のパロディが競い合うように次々と出回ったり、「それぞれを収録している詩集がAmazon.co.jpでベストセラーランキングで上位を獲得した(ウィキペディア「ACジャパン」より抜粋)」りして、詩のことばが多くの人の心を動かしたのも事実です。
    子どもに言ってきかせるような、分かり易さが受けたのでせうか?

    しかし、まあ、それも、一時のブームだったかもしれません。
    私の主観ですが、詩はこの21世紀において、割と居場所がないような気がしています。
    私の、今までのどの職場でも、詩の話で盛り上がったことは、まずなかったし、普段の日常会話でも、詩はおしゃべりには向かない素材です。
    休憩時間や仕事の合間に、現代詩について語り合う職場・・・・そういう場面を想像してみると、詩が好きな私でも、楽しいというより、なんだかちょっと鬱陶しい気がします。
    何故、そんな風に思うのでしょう。

    「詩とことば」の冒頭で荒川洋治さんは、
    「詩にはことばのうえ、かたちのうえで、いくつかの特色がある。それらは読む人に楽しみと喜びを与えるいっぽうで、負担や不安を感じさせることもある」
    と書いています。本当にその通りだなあと思います。
    何故、詩が負担や不安を感じさせるのか。
    詩には、一行ずつの順序で進んでいく行分けというスタイルがありますが、これが読む人になじみにくいものだといいます。

    「詩のかたちをしたものは、なじみにくいものなのである。それはなぜか。行分けには、作者その人の呼吸の仕方がそのまま表れるからである。その人のもの、その人だけのものだから他の人はその人の呼吸に合わせることはできない。それが壁になるのだ。」

    なるほど、詩を読んでいて、何となく絡みづらい人と話しているような気分になるってことありますね。逆を言えば、心にすっと入ってくる詩というのは、無理せずに話ができる人に出会ったような、そんな気持ちよさがあります。

    この「詩とことば」にはいくつかの現代詩が取り上げられていますが、その中から短い詩をひとつ紹介します。


    「五十年」
                        木山捷平

    濡縁におき忘れた下駄に雨がふってゐるやうな
    どうせ濡れだしたものならもっと濡らしておいてやれと言ふやうな
    そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた


    山頭火著作集Ⅳ

    引っ越し前整理をしていると、押入れの天袋や階段下の物入れから何年も開いたことのないクリアケースや紙箱が出てきました。
    中に何が入っているか、開けてみるまで思い出せない大小の箱。
    子供たちのへその緒や母子手帳や予防接種記録カード、七五三の着物、保育園のランドセル、帽子、絵、工作物、落書き、「母の日」の造花のカーネンション・・・ほとんどが子育て時期の品々だったりして懐かしい思い出を喚起されたりするわけですが、中には全く思い出につながらない不思議なモノもあります。

    たとえば手書きの地図が書かれた紙切れ。数本の線だけで描かれているので、どこへ行く地図なのか、誰が描いたものなのか、何よりも何故捨てずにしまっておいたのか知りたいけど、もはや何一つ思い出せません。
    引っ越し前整理は記憶の発掘作業です。

    とっくに捨てただろうと思っていた紙切れも出てきました。
    クリップで止めたメモ用紙7枚。びっしりと“山頭火”の句が書き込まれています。
    日焼けして判読できない文字さえあります。
    そうそう、70年代後半は“山頭火”ブームだった。たぶん。
    少なくとも私の中ではブームだったようです。ロックが流れる居酒屋で、誰からか「山頭火著作集Ⅳ」を貸してもらい、それを小さなメモ帳にびっしりと書き写したのでした。
    その句を数えてみると、なんと126句!
    全部書き写す気だったのか?と若いころの自分に問い質してみたいところです。

    以下に126句の中から迷って迷って今の気分で選んだ30句を。

    山頭火著作集Ⅳ

    種田 山頭火

    分け入っても分け入っても青い山
    この旅果もない旅のつくつくぼふし
    笠にとんぼをとまらせてあるく
    まっすぐな道でさみしい
    雪がふるふる雪見てをれば
    また見ることもない山が遠ざかる
    百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
    どうしやうもないわたしが歩いている
    誰か来さうな空が曇ってゐる
    すわれば風がある秋の雑草

    さてどちらへ行かう風がふく
    悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか
    遠山の雪も別れてしまった人も
    いつでも死ねる草が咲いたり実ったり
    月夜、あるだけの米をとぐ
    よびかけられてふりかへった落葉林
    ここまで来し水を飲んで去る
    ふっと影がかすめていった風
    何を求める風の中ゆく
    天の川ま夜中の酔ひどれは踊る

    日ざかり赤い花のいよいよ赤く
    夕焼雲のうつくしければ人の恋しき
    水がとんぼがわたしも流れゆく
    しんじつ一人として雨を観るひとり
    何を待つ日に落ち葉ふかうなる
    風は何よりさみしいとおもうすすきの穂
    風の中おのれを責めつつ歩く
    其中一人いつも一人の草萌ゆる
    何が何やらみんな咲いている
    ほととぎすあすはあの山こえて行かう

    「キングの死 ジョン・ハート著」と書かれたメモも出てきました。引出しにしまったままの夫のシステム手帳に挟んでありました。
    これは夫が入院中のベッドで書いたもの。「児玉清のおすすめの本だよ。読んでみたら」と言ってミステリー好きの私に渡してくれたのでした。
    その頃ラジオで児玉清さんの番組があり、夫もよく聴いていていました。
    児玉清さんはミステリーファンで、この「キングの死」を大絶賛していたことを思い出しました。本の方はどんな内容だったか、全く覚えていないのですが。

    現代詩花椿賞「永遠に来ないバス」小池昌代

    もうじき家を引っ越すことになり、毎日が仕分け作業です。
    家具はたいして多くないけど、こちゃこちゃ細かい雑多なもので家中が構成されており、それらの全ての品々になにがしかの思い出があり、「いる、いらない作業」はスムーズにはいきません。

    そして誰でも経験あることだと思いますが、本や雑誌の整理など始めるとついつい読みふけって、作業は中断。すっかり辺りが暗くなっても読書に夢中になっちゃたりして。

    古い雑誌と雑誌の間に「花椿」が2冊挟まっていました。
    「花椿」とは資生堂が発行している40ページほどの小冊子です。資生堂のwebサイトによると創刊は1937(昭和12)年!だそうです。

    創刊以来、写真やグラフィック等のビジュアルはもちろん、エッセイや小説等の読み物を通して、ひとがこころ豊かに、美しく生きるためのヒントをお届けしてきました。
    2007(平成19)年7月号の創刊70周年を機に、「美」と「知」をさらに深く追求するとともに、読者からの「もっと見たい」「もっと読みたい」という声に応えて、リニューアルを行いました。
    奇数月号にはファッション、ビューティー、アート、カルチャーなどの情報をカラフルなビジュアルで見せる『みる花椿』を、偶数月号には小説、批評、コラムなどさまざまな読み物を中心とした『よむ花椿』を交互に発行しています。(資生堂のwebサイトから)

    以前は化粧品店の店頭に積まれて置いてあり、ご自由にお取りください、って感じだったので、化粧品は買わないくせに「花椿」を見つけると必ず持って帰っていました。
    表紙から最後のページまで、美しい写真やイラストで見せる、読ませる、おしゃれ情報満載。しかも著名人の文章も掲載されていて、これがフリーペーパーとは驚きです!
    まあ、でも実際は無料ではありません。ちゃんと値段があります。手元にある1997年№570号には定価100円(税込)と表示されています。
    100円でも安過ぎますが、販売促進グッズ扱いなんでしょうね。今はどうなんでしょう?今もタダでもらえるものなのでしょうか。化粧品店に縁遠くなったせいか、歩いていて「花椿」を見かけるってことがなくなりました。

    さて、本題。
    1997年№570号の「花椿」は第15回現代詩花椿賞の発表号でした。
    この冊子をいらないボックスに入れる前に、受賞作品『永遠に来ないバス』(小池昌代)を転載しておきます。

    永遠に来ないバス
    小池昌代

    朝、バスを待っていた
    つつじが咲いている
    都営バスはなかなか来ないのだ
    三人、四人と待つひとが増えていく
    五月のバスはなかなか来ないのだ
    首をかなたへ一様に折り曲げて
    四人、五人、八時二〇分
    するとようやくやってくるだろう
    橋の向こうからみどりのきれはしが
    どんどんふくらんでバスになって走ってくる
    待ち続けたきつい目をほっとほどいて
    五人、六人が停留所へ寄る
    六人、七人、首をたれて乗車する
    待ち続けたものが来ることはふしぎだ
    来ないものを待つことがわたしの仕事だから
    乗車したあとにふと気がつくのだ
    歩み寄らずに乗り遅れた女が
    停留所で、まだ一人、待っているだろう
    橋の向こうからせり上がってくる
    それは、いつか、希望のようなものだった
    泥のついたスカートが風にまくれあがり
    見送るうちに陽は曇ったり晴れたり
    そして今日の朝も空に向かって
    埃っぽい町の煙突はのび
    そこからひきさかれて
    ただ、明るい次の駅に
    わたしたちが
    おとなしく
    はこばれていく

     

    「自転車にのるクラリモンド」石原 吉郎

    今日、車で移動中カーラジオから、懐かしい曲が流れてきました。
    シルヴィ・バルタンの「アイドルを探せ」、フランス・ギャルの「涙のシャンソン日記」、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」などなど、そのほか数曲。
    1960年代に日本でヒットしたフレンチ・ポップスを特集した番組のようです。

    1960年代は身近なアジアよりも遠い欧米の曲が主流で、いつもどこかで洋楽を聴いていた遠い記憶があります。量的にはアメリカンポップスの方が多かったかもしれませんが、シルヴィ・バルタンやフランス・ギャルの歌を聴き、フランスはおしゃれでかわいい、というイメージを子供心に刷り込まれたような気がします。

    懐かしい歌声を聴いて懐かしい気分にひたっていたら、唐突に、昔気に入っていた詩を一つ思い出しました。
    石原吉郎さんの「自転車にのるクラリモンド」という詩です。
    フランスとは何のつながりもありませんが。

    自転車にのるクラリモンド

    石原吉郎

    自転車にのるクラリモンドよ
    目をつぶれ
    自転車にのるクラリモンドの
    肩にのる白い記憶よ
    目をつぶれ
    クラリモンドの肩のうえの
    記憶のなかのクラリモンドよ
    目をつぶれ

    目をつぶれ
    シャワーのような
    記憶のなかの
    赤とみどりの
    とんぼがえり
    顔には耳が
    手には指が
    町には記憶が
    ママレードには愛が

    そうして目をつぶった
    ものがたりがはじまった

    自転車にのるクラリモンドの
    自転車のうえのクラリモンド
    幸福なクラリモンドの
    幸福のなかのクラリモンド

    そうして目をつぶった
    ものがたりがはじまった
    町には空が
    空にはリボンが
    リボンの下には
    クラリモンドが

    ジュール・シュペルヴィエル

    フランスの詩人です。小説家でもあるようです。
    いいにくい名前です。
    古いノートに私はジュール・シュペルヴェールと書き写していたので、その名前で検索してみましたが、シュペルヴェールでなくシュペルヴィエルの方が通りがよいようです。ウィキペディアもジュール・シュペルヴィエルと表記されていました。フランス人の名前を日本語表記するのは難しいですね。
    ま、来日中のミラ・ジョヴォヴィッチも表記しにくいし、フランスに限ったことではないですね。
    日本人の名前だって海外ではどういう発音や表記をされるのか興味あるところですが、その話はさておいて。

    インターネットなんて言葉がまだ世の中に存在しない昔、ジュール・シュペルヴィエルの詩をどこかで目にして、いくつか書き留めていました。
    シュルレアリスム (これもまた表記しにくい!)の詩にハマっていた時期があったので、ロートレアモンやなんかと合わせて読んだ記憶があります。

    シュルレアリスムの詩は、意味を読み取ろうとすると難解(=面倒)なので、むしろ意味など考えずに自分勝手にイメージできるところが好きです。

    ジュール・シュペルヴィエルの詩からは、荒涼とした孤独な風景が美しい絵となって目の前に現れるような、そんな作品があります。

    当時、「動作」という詩が広く知られていたように覚えています。

    「動作」

                   ジュール・シュペルヴィエル

    その馬はうしろを振り向いて

    誰もまだ見たことのないものを見た。

    それからユウカリの木の陰で

    牧草をまた食べ続けた。

    それは人間でも樹でもなく

    また牝馬でもなかったのだ。

    葉むらの上にざわめいた

    風のなごりでもなかったのだ。

    それはもう一頭の或る馬が

    二万世紀もの昔のこと

    不意にうしろを振り向いた

    ちょうどその時に見たものだった。

    そうしてそれはもはや誰ひとり

    人間も馬も魚も昆虫も

    二度と見ないに違いないものだった。大地が

    腕も脚も首も欠け落ちた

    彫像の残骸にすぎなくなるときまで。

    「難破船」

          ジュール・シュペルヴィエル

    こちらのここにテーブル あちらのむこうにランプ

    空気がいらいら波立っているから どうにも一緒になれないで

    人っ気のない海岸 水平線まで突き出ていて

    腕をあげて男が沖で叫んでいる 「助けてくれえ!」

    すると木魂が答えている 「どういう意味なんだ いったい」

     

    若いある時、私が「名前が思い出せないんですが、馬が振り返る、詩がありますよね」と誰かに聞いたところ、近くにいた見知らぬ人が「それは、ジュール・シュペルヴィエルですね」とサラッと応えて、周囲が「おおっ」とどよめいたことがありました。なんてかっこいい!若い私は、感動しました。
    その後、私は「アーノルド・シュワルツェネッガー」の名前を繰り返し口にして覚え込んだものです。
    アーノルド・シュワルツェネッガーは発音でも表記しにくさでも最高レベルの名前ですね。

    「木曜日の子供 」テリー ホワイト

    mokuyoubi出版社: 文藝春秋 (1991/09)


    木曜日の子供は遠くまで行く―。マザーグースはそう歌う。たまたまそんな星の下に生まれたために旅に出なければならない家出少年が、ひとりの殺し屋に出会う。が、この凄腕の殺し屋も、よくよく聞けば両親を航空機事故で失い、たった一人の弟を植物人間にされて敵討ちを心に誓っている。彼もまた“木曜日の子供”なのだろうか?

    内容(Amazon.co.jp「BOOK」データベースより)


    ブックオフでたまたま見つけた本です。テリー・ホワイトの処女作「真夜中の相棒」も、やはりたまたま古本屋で購入して、随分以前に読んだことがありました。どちらも中年の殺し屋と無垢な若者または少年との疑似家族愛が切ない物語です。

    「木曜日の子供」というタイトルはマザー・グースの歌からとられているそうで、あとがきにその歌が紹介されていました。

                「マザー・グース」

    月曜日の子供は顔がきれい、
    火曜日の子供は気品にあふれ、
    水曜日の子供は悩みが多く、
    木曜日の子供は遠くまで行き、
    金曜日の子供は愛情ゆたか、
    土曜日の子供は働いて暮らしを立てねばならぬ、
    けれども、安息日に生まれた子供は、
    かわいくて、賢くて、人がよくて、ほがらかだ。

    何でしょうね、この歌は。不思議な内容です。でも何だか気になります。私は土曜日の子供なのか?

    「あなたの誕生日は何曜日ですか?」で誕生日の曜日を調べてみました。私は月曜日の子供でした。・・・で?

    追記:何曜日生まれかを調べるのに、占い関係でないサイトにリンクを張っていたのですが、何故か次々リンク切れしてしまいました。以下に万年カレンダーサイトをリンクしておきます。

    あの日は何曜日?  10000年カレンダー

    「探す」飯島 耕一 

    生活居住圏も生活パターンも全然重なることのない人と、予期せぬ場所でばったり出会って、驚くことがたまにあります。

    そんな時、「あの店をあと1分出るのが遅かったら、あるいは早かったら、決して出会うことはなかったのだ」などと思うと不思議な気持ちになりますよね。BGMにはあの曲が流れてきそうです。

    ~あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら
    僕らは いつまでも 見知らぬ二人のまま~

    昨日の夕方がそんな日でした。と言っても偶然出会ったのは親戚の女の子。「ラブストーリーは突然に」は流れてこなかったけれど、やっぱり不思議だな、偶然ってやつは、と思わずにはいられません。

    人との出会いは、考えてみるまでも無く、偶然のなせるものです。あの時、思い切って会社を辞めなければ、出会うことのなかった人、あの駅で乗り換えなければ、会うこともなかった人、、、、、、
    自分の力の及ばないところで用意されている出会いの積み重ねで人生は形成されていくのだと、つくづく思います。

    そういえば「出会う」がキーワードの、好きな詩があったっけ、と思い出して古いノートを引っ張り出してみると、飯島耕一さんの「探す」という詩を書き写してありました。改めて読んでみると、「出会う」というよりは「はぐれてしまった」詩のようですが、好きな詩なので思い出したついでに紹介します。

    「探 す」

    飯島 耕一

    おまえの探している場所に
    僕はいないだろう。
    僕の探している場所に
    おまえはいないだろう。

    この広い空間で
    まちがいなく出会うためには
    一つしか途はない。
    その途についてすでにおまえは考え始めている。

    これは、出会った二人の愛がはぐれてしまった詩なのか、それとも人生の中ではぐれてしまった自分自身を探しているのか。短い詩というのは、思わせぶりです。

    詩人、岩田宏さんのこと

    iwatajpgTVなどで耳にした曲が気に入って、アルバムを借りて聞いてみると、結局その一曲しか聞くものがなかったりするのはよくあることです。
    私にとって音楽CDは繰り返し聞くことが前提で、読書するみたいにいろんなジャンルをあれこれ聞いてみたい、という興味の対象ではなく(音痴だし、カラオケ行かないし)よっぽど気に入ったものじゃなきゃ買いません。
    CD一枚丸ごと好きじゃなきゃ聞きたくもない、というところで選んでこの10年、丸ごと好きになったアーチストは1組しかいないため、この10年、ずうっと同じアーチストのCDをカーステレオで繰り返し聞いています。

    私にとって詩集も音楽と似ています。
    好きな詩に出会ってその人の詩集などを本屋さんで立ち読みしてみると、一冊の本から好きな詩はその1編しかなく、買うまでに至らないことが多い。もっとじっくり読んでみようと購入したものもあるけど、そういう本は年月を経ていつのまにか私の手元から消えています。

    昔購入して今でも手元に残っている数少ない詩集の一つに「岩田宏詩集」があります。
    今ではほとんど開くことはないのですが、詩の断片はひょいと現れて記憶の中で唄いだすことがあります。

    ねむたいか おい ねむたいか
    眠りたいのか たくないか
    ああいやだ おおいやだ
    眠りたくても眠れない
    眠れなくても眠りたい
    無理な娘 むだな麦
    こすい心と凍えた恋
    四角なしきたり 海のワニ

    「いやな唄」から

    酔っ払いの、韻を踏んだ戯言、といえないこともないけれど。
    彼の詩はどれも酔い加減と目覚め加減がちょうどいい加減で、気に入っています。

    そういえば岩田宏さんてどんな方なんだろう。今も詩を書いておられるのかなあと検索してみると、意外な事実が分かりました。
    岩田宏さんは1975年頃から詩を書くのはやめて、その後小説など書かれているようですが、「ロシア語・英語・フランス語に堪能な名翻訳家としても知られている」とありました。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    翻訳家としては本名の小笠原豊樹名義で推理小説やSFなどを多く手がけているとのこと。以前話題になった、ソルジェニーツィン「ガン病棟」の訳者でもあり、SFではレイ・ブラッドベリ の翻訳も。
    私はレイ・ブラッドベリの本はほとんど読んでいるので、知らず知らず岩田宏さんの仕事に何度も出会っていたようです。

    検索していると、私同様に彼の詩を紹介しているブログにいくつか行き当たりましたが、その中でちょっと驚きのサイトがありました。
    蛙の庭・縦書きたい写真日記 縦書きHTMLソース作成「縦書きたい」を使った縦書きブログ日記』
    以前企業サイトで縦書きを眼にしたことはありましたが、個人ブログでは初めてです。
    できるんですねえ、縦書き日本語ページ。
    縦書きの美しいページで詩が紹介されていて、岩田宏さんの詩は戯言にみせかけて、実はとても美しく叙情的なとこがあるのだってことも伝わってきます。

    私もどれか好きな一編をここに紹介しようと、改めて詩集をめくってみましたが、詩集一冊丸ごと好きなので選びづらい。それにほとんどの詩が長いのです。そこを無理やり抜書きしてみました。

    「悼む唄」

    おれに妹をつくりもせず
    両親は死んだ
    おれは念力で妹をつくりだし
    ふたりで
    タオルを持って
    深夜のプールの
    ざらざらのふちに立ち
    泳ぎ寄るマリリン・モンロウを迎える
    雨雲 切れろ 月 顔を出せ

    妹はカルキの匂いをいっぱいに吸いこみ
    マリリン・モンロウは仰向いて語りかける
    「タオル貸して!
    水は詩のように
    流れてなめらかで
    拭くのがもったいないけれど!
    この一年間
    あなたは何をしてらした?
    死は夢みたい
    夢は水みたい
    この世でもあの世でも
    まじめはまじめ ぐうたらはぐうたら」
    髪の濡れた女の右手を妹が
    左手をおれが掴んで
    一挙に引き上げる。

    「光る砂漠」 矢沢 宰

    hikarusabaku私の手元にあるのは、たぶん30年以上前に購入した詩集。
    久しぶりに本棚から取り出してみました。文庫本はほとんど捨てるか売るかするのだけど、画集、詩集、写真集、と集の付く本はなかなか捨てられません。
    矢沢宰さんは14歳から詩を書き始め、21歳で亡くなっていますが、この「少年」という詩は20歳の頃の作品。こんな美しい詩は若くなければ書けない、そう思います。

     

     

     

    少年

    矢沢 宰

    光る砂漠
    影をだいて
    少年は魚をつる
    青い目
    ふるえる指先
    少年は早く
    魚をつりたい