年別アーカイブ: 2022年

映画「教育と愛国」観てきました。

昨日、映画『教育と愛国』を観てきました。
久しぶりのガーデンズシネマ。雨にもかかわらず、ほぼ満席でした。

映画「教育と愛国」公式WEBサイト
https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

『教育と愛国』予告編

TBSラジオ『アシタノカレッジ』に、監督である斉加尚代さんが出演され、教育問題を取材し続けてきたこと、この映画を撮るにいたった経緯など話されています。
そのお話を聞いて、私も劇場に行きたくなりました。
子育て終わったから今さら教科書の問題なんて関係ない、とは到底言えない、とても大事な国の在り方の問題です。

26:36 【ゲスト:#斉加尚代】 ←ここをクリックすると斉加尚代さんのインタビューコーナーにジャンプします

政治が教育に介入すると、歴史が改ざん、もしくはなかったことにされる。例えば、第2次世界大戦において日本国にはまったく加害的な事例はなかったことにされる。
「美しい国日本」を標榜する政府としては、国の黒歴史は消してしまいたいのでしょうが、歴史を改ざんしていいはずない。

2006年に第一次安倍政権下で教育基本法が改変され、「愛国心」条項が戦後初めて盛り込まれました。すると、「愛国心」のもと、「教科書にパン屋のイラストはふさわしくないから、和菓子屋に変えろ」ってことになったりする。
「愛国心」の使い方、おかしくないですか?
「新しい教科書を作る会」、教職員への日の丸・君が代斉唱の強要、日本学術会議任命拒否問題、「表現の不自由展」、「日本会議」の問題、様々な問題に「愛国心」が絡みついています。

映画の中には、ギョッとさせられるというか意味不明な発言をするエラい人たちが何人も登場します。
伊藤 隆(いとう・たかし)さんもその一人。
東京大学名誉教授の歴史学者であり、「新しい歴史教科書をつくる会」の元理事。
現在「日本教育再生機構」の顧問。「国家基本問題研究所(理事長:櫻井よしこ)」の理事。育鵬社の歴史教科書編集会議座長を務める方です。

斉加尚代さんから「教育の目的は何ですか?」と聞かれて、
「ちゃんんとした日本人をつくることです」と答える。
「ちゃんとした日本人とはどういうことですか?」という問いかけには、
「左翼ではない、ということかな」と応じる。

インパクトありましたよ。このシーン。
世の中の大半の人は右翼でも左翼でもないと思うんですけどね。
おそらくこの方は、自分と考えの合わない人たちを「左翼」と呼んでいるのかもしれませんね。
この方は「歴史に学ぶ必要はない!」という迷言も残している歴史学者ですので、一般人にはなかなか理解しがたいです。

斉加尚代さんは、2012年、当時の橋下徹市長記者会見において橋下徹市長から罵倒され、その後多くのバッシングを受けることになりました。

以下の事案について橋下市長に取材するための記者会見の場です。

2012年3月2日にあった大阪府立和泉高等学校の卒業式で、中原徹校長が教頭らに指示して、約60人の教職員が国歌斉唱時に起立しているかだけでなく、歌っているかについて口の動きを確認した。中原は、大阪市長の橋下徹の友人で、橋下が大阪府知事だったときに民間人校長として就任していた。同年3月9日、大阪府教育委員会は国歌斉唱時に起立しなかった教員のうち17名に対し懲戒処分(戒告)を行った。5月8日、橋下の記者会見で斉加が「一律に歌わせるのはどうか」と尋ねたところ、橋下は「ふざけた取材すんなよ」「勉強不足」「とんちんかん」と斉加を面罵。30分間にわたる言い合いとなり、注目を浴びた。このやりとりは動画で出回り、非難メールが斉加の勤務先に1千件以上届いた。

ウィキペディア斉加尚代」から引用

下の動画は、タイトルの付け方から見て斉加尚代さんをバッシングした側のチャンネルだと思われますが、橋下元市長の言説を検証できるデータとして貴重ですね。
橋下徹さんという方も、まともに議論はできない人だと思われますが、この動画のコメント欄には彼を絶賛するコメントが溢れています。「愛国心」ってこんなところで使われるんだなあと、、、、

『教育と愛国』
2022/6/18(土)~24(金)※21(火)休館
24㈮は斉加尚代監督オンライントーク付(要予約)
ガーデンズシネマにて

余談ですが、

武田砂鉄さんの『ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜』が連載されているコンテンツ配信サイト『cakes』が、2022年8月31日をもってサービス終了となります。
私は武田砂鉄さんのコラムを毎回楽しみに読んでいます。といっても無料期間中(1週間)に読むだけで課金することはなかった
なので、廃刊になって残念だと言う資格が私にはないかも。

ああ、可処分所得が増えればなあ、あちこち課金したいんだけどなあ、、、と、ただぼやくだけ。



「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話を。」「さよなら、男社会」 2冊のジェンダー論を読んで

「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話を。」小川たまか 2018年

「さよなら、男社会」
尹 雄大(ゆん うんで) 2020年

「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話を。」
出版社からのコメント

性暴力被害、痴漢犯罪、年齢差別、ジェンダー格差、女性蔑視CM、#metoo運動などを取材し、おもにウェブで発信してきたライター・小川たまかはじめての著作。
2016年から2018年に起きた、性犯罪やそれにまつわる世論、性犯罪刑法改正、ジェンダー炎上案件などを取り上げ、発信してきた記録です。

Amazonの商品の説明から

「さよなら、男社会」内容(「BOOK」データベースより)

僕らはいい加減、都合のいい妄想から目を覚まさなければならない。圧倒的な非対称を生きる僕らは、どうしてその事実に気づけないのか。真に女性と、他者とつながるために、乗り越えねばならない「男性性」の正体とは何か。

Amazonの商品の説明から

たまたまジェンダー論を2冊立て続けに読んで、昭和の時代の記憶がバラバラと蘇ってきた。

中学3年の時、理科の先生(男性)が授業中に、一人の男子生徒を竹箒で何度も何度も殴りつけた。かなり強烈な暴力の光景を思い出す。
現在ならSNSで大炎上案件だと思う。しかし当時、先生が処罰されることはなかったし、なぜ先生がその男子生徒を殴ったのか、理由を知らされることもなかった。

先生が暴力を振るっている間、皆暗く押し黙ったままだった。その教室の重苦しい空気を今も覚えている。「先生やめてください」と言えなかった自分の意気地なさも、悔しくて忘れられない。

漫画やテレビで「スポ根もの」が流行っていた時代だった。
「スポ根もの」といえば、「集団」「厳しい訓練」「根性」「耐え抜き」「やればできる」と煽られ、「できないのは努力が足りないからだ」とパワハラコーチにしごかれ、スランプに陥れば殴り合いの「暴力」が始まり、試合に勝てば男同士抱擁して涙を流す。そんなパターンもあった。
これって軍隊みたいじゃない?ってシラケた視聴者もいただろうと思う。今思うと、いったいどんな世代に受けていたのだろう?と不思議でならない。

「スポ根ドラマ」には女子マネージャーが登場し、道具や飲食を用意したり掃除、洗濯をしたり、時には男子生徒の心の傷を癒したり。男子をサポートしケアする役周り。それはそのまま社会の構図を反映したものだった。

男性は働いて家族を養う経済力が求められ、女性は家事・育児・教育・地域参加・親たちの介護等を担うという、性別による偏った役割分業があった時代だった。

稼ぎの少ない男性は「甲斐性なし」と言われ、女性の賃金が低いのは、男性より能力が劣るからだと決めつけられた。
思い出してみると、いろいろ凄い時代だったなあと思う。いや、まだ過去形になっていないことばかりだけど。

差別用語が書き換えられたからって差別の中身が無くなったわけじゃない。むしろ差別が見えにくくなったかもしれないとも思う。

性別、貧富、能力、容貌、人種、職業、年齢、出自、出身、思想、宗教、などなど、、諸々の偏見・差別・ハラスメントは、学校でも家庭でも会社でも政治でも、あらゆる場所に、今も当たり前のように存在している。(まだ可視化されていないものもあると思う)
全ての人を細かくカテゴリ分けしていくと、誰だってどこかで少数派になるはずなのに、社会的な偏見や差別の対象となってしまう少数派がいるのは本当におかしなことだ。
偏見や差別はないものだという建前から、人はそういう対象の少数派がいること自体をないことにしてしまう。

小川たまかさんの「『ほとんどない』ことにされている側から見た社会の話を。」は、このタイトルにとても気持ちを揺さぶられる。”『ほとんどない』ことにされている側”を考えさせる本だ。

尹 雄大(ゆん うんで)さんは、「社会は厳しいのだ 。甘えるな」という物言いが共通言語としてある男社会の中で、子どもの頃から違和感や苛立ちを感じ苦しんできたという。
「さよなら、男社会」では、いったい何故こんな社会があるのか、男性の暴力性はどこから来るのか、などを深く考察している。

「古来稀なる二人展」お邪魔しました。

皮革染色の山田利喜子さんと、藍染布の末吉昌子さんの「二人展」にお邪魔しました。

中学同級生のお二人が、時を経て再会。革と布、扱う素材は異なりますが、「染め」繋がりで二人展をしましょう、ということになったそうです。

山田利喜子さんの作品は、革のバッグ、着物地と皮のパッチワークの巾着、ベレー帽、ランプシェード、レザー タペストリー、そのほか茶筒などの小物と多種多様。

末吉昌子さんは藍染めの大きなタペストリーを中心に、紬や絣のパッチワーク、刺し子のコースター、オブジェなど。

藍色、紺青色、空色、、、見ているだけで心が落ち着く色です。

「古来稀なる二人展」
2022.4.24(日)~5.1.(日)まで 11:00~17:30

於:「ギャラリーときどき」

「人新世の『資本論』/斎藤幸平」80%読んでからの読書感想

人新世の「資本論」(ひとしんせいの しほんろん)

著者:斎藤幸平
発行:集英社新書/2020年
‎ 新書:384ページ

「新書大賞2021」受賞作

日本は経済大国第3位

日本は経済大国と言われています。

2021年の名目GDP(国内総生産)は世界第3位だったらしい。(「【2021年】最新世界GDP(国内総生産)ランキング 2050年の予測も紹介」参照)

世界第3位の経済大国!と言われてもなんか実感が湧かない。

名目GDPを人口で割った一人当たりの名目GDPで見ると、日本は世界第25位。
生産性の低い働き方で、65歳以上の高齢者も動員して、隠居なんかしようと思うな、身体が動く限り働け、年金を当てにするんじゃない、という掛け声の下に総出で働いて、世界第3位の経済大国です。

年金が当てにならなくても、NISA(ニーサ)がある。iDeCo(イデコ)がある。これで老後は安心。とか言っている政府。いったい誰に向けて言っているのでしょう。昨年、最低賃金がやっと時給821円になった鹿児島市民の身にもなって欲しい。

という市民感情を抱えつつ、話題の本『人新世の「資本論」』を購入しました。
本書は、2021年に新書大賞第1位に選ばれた経済書。それが35歳の若き哲学者が書いたということでも話題になりました。新書としては異例の売り上げとなっているそうです。
私も「哲学者が書いた経済書」という組み合わせに惹かれました。

読み始めたのは昨年の秋頃だったか、、、、
前半はグイグイ読んでいたのだけど、後半からちょっと読むスピードが鈍って年を越し、ついに4月。280ページ目から後書きのページにワープして、全体の80%ほど読んだところで勝手ながら読了としました。

『人新世の「資本論」』を読んで

本書前半部分、資本主義と地球環境問題との関連性を事細かく深く掘り下げているところは、共感を持って読み進みました。

「世界の富裕層トップ10%が排出する二酸化炭素は、その「裕福な生活様式」によって全排出量の半分を占めている」こと。
「先進国」と呼ばれる国が、「どこか遠く」の人々や自然環境に負荷を転嫁し、豊かな生活のため経済成長を続けていること。
「どこか遠く」の国では、資源と労働力を収奪され人々が貧困の中にいること。
二酸化炭素排出量は増大し続けているし、気候変動の深刻さも先送りしてはいけない。
知らなければいけない問題がたくさんあります。
でも、レジ袋を削減して温暖化対策をしていると思い込むことで、現実の危機から目を背けている私たちがいる。

「経済成長を支えてきた大量生産・大量消費そのものを根本的に見直さなくてはならない。」と著者はいいます。そのためには、資本主義に代わる新しい社会システムをつくるべきだと。
地球環境問題は、個人で取り組めば何とかなるというレベルのものではなくなっているのです。

本書の後半には、著者が考えるポスト資本主義の世界観が具体的に書かれているのですが、ここは読む人によって意見が分かれるところかもしれません。

著者が提唱する「脱成長コミュニズム」という社会。
電力や水道や教育、医療、インターネット、あらゆる生産手段そのものを「<市民>営化」する。
社長や株主の「私有」でなく「国営企業」でもなく労働者たち自身による「社会的所有」とする。
市場にも、国家にも依存しない形で、お互いに共同管理のネットワークを広げていくプラットフォームを作る。
過剰な生産はしない、脱成長で地球環境を守っていく、というものです。

著者は「脱成長コミュニズム」社会で人は、自分らしく働ける、安定した豊かな生活と人間らしい自由時間を手に入れることができる、持続可能で公正な社会が実現できるーーと言います。
あまりにもユートピアとして語り過ぎではないでしょうか。何だか、ニュータウン入居者募集のパンフレットを見ているようで、逆に懐疑的になってしまいます。ま、私がひねくれ過ぎかもしれないし、どんな新しいシステムもやってみなければ分からないことではありますが、、、

ともあれ、本書は、先送りできない地球と世界の問題を提示していて、このままの社会システムを続けていていいのか?と問いかけてくる一冊であることは間違いないです。

余談ですが、

世界の超富裕層1%、資産の37%独占 コロナで格差拡大(日本経済新聞 参照)を読むと、世界の上位1%の超富裕層の資産は2021年、世界全体の個人資産の37.8%を占めるまでになったらしいです。

世界の1%、、、、ざっと計算して約7,875万人。結構いますね。


「古来稀なる二人展」開催のお知らせ

「古来稀なる二人展」

2022.4.24(日)~5.1.(日) 11:00~17:30

久々に「ギャラリーときどき」で個展開催のお知らせです。
皮革染色工芸の山田利喜子さんと藍染布の末吉昌子さんの二人展。
お二人は中学生の時の同級生だそうです。
展覧会名は「フルキマレナルフタリテン」って読むのでしょうか?いや、素直に「コキマレナルフタリテン」かな?
お邪魔した時に答えを聞いてみたいと思います。

量子コンピュータ、興味ありますか?おすすめの理系YouTube

以前、読んだサイモン・シンの「暗号解読(上・下)」の最終章に、
「量子コンピュータが実用化されれば、今使っている暗号は難なく破られ、新たな量子暗号を開発する必要があるだろう」
と書かれていて、量子コンピュータって何?いや、その前に量子って何?と関心を持ちました。
ブックオフにて学者によって書かれた新書を入手し読んでみましたが、まったく文章が頭に入ってこず、途中で投げ出していつしか7年経ちました。

最近ネットで、量子コンピュータ関連の記事を目にすることが多くなっています。2030年代には実用化されるとか、現在私たちがPCで使っているRSA暗号は使えなくなる、とか。
そうなると、どうなるの?

暗号については提供するサーバー側の問題だから、末端のユーザーである私が心配する必要はないですよね?とは思けど、古い技術から新しい技術に移行する際には、予想してないような混乱が起きるものだし、便乗詐欺も横行するかも。10年なんてもうすぐそこ、って感じがする。
この際「量子コンピュータ」「量子」について学んでみたいと、YouTubeであれこれ視聴して聴き比べてみました。
その結果、まったく理系に疎い私が面白いと思った動画を下記に紹介します。

エンタメとしても楽しめる理系YouTube

20分弱にコンパクトでテンポよくまとめていて、耳に入りやすい動画でした。視聴している側が疑問に感じるところもちゃんと抑えていて、とても丁寧に作られているなあと思います。
まずはざっくり理解してから、分からない部分は別の動画を探してみる、といった感じで理解を深めていきたいものです。
とりあえずは、量子コンピュータを使って便利な社会が作られるまでに、まだまだ数十年はかかりそうな感じですね。

私のように数学も苦手だと、数字とか計算とか、ほんっとに「嫌いだーーー!!」と叫びたくなるRSA暗号の仕組みが紹介されています。
おっしーの最先端テクノロジー and サイエンス」に上がっている動画は、どれも興味深いタイトルばかりで、私が疑問に思っていたことにぴったり刺さるというか、ついつい夢中になって全部見てしまいました。
たいていの動画は10分程度にまとめられています。


こちらも10分~30分程度にまとめられています。物理に特化したコンテンツですが、「難しい理論や方程式が理解できなくても物理は楽しい!」をコンセプトにされていて、数式はあまり出てきません。
物理の話を楽しそうに話すのもとさんのキャラクターのおかげで、聴いているこちらも楽しく聴けます。
物事を知らない人にも分かるように教えることができて、しかも楽しませることができる人って凄いなあって思います。
学校の先生が皆こんな感じだったらなあ、、、、、、、。
いやいや、高校や大学の受験を目標に授業していた先生たちに言わせれば、「出来の悪い生徒を楽しませる余裕はないよ!」「数式も必要だから覚えろ!」って感じかもしれませんが。

量子コンピュータ研究者のYouTube

本格的にがっつり勉強したい、数式が出てきても平気という人には、大阪大学基礎工学研究科 藤井研究室の配信動画がおすすめです。おそらく本気の人は既にこういう動画を観ていると思いますが。

「量子コンピューティング」2回~14回の配信は、私にとっては、数式、方程式、使ったことのない単位、耳慣れない用語などで構成されている動画でしかなく、、、。なので第2回を聞き流しただけで継続視聴を諦めました。
この配信を14回まで完全視聴できて理解できる人、きっとそういう人たちに人類の未来は託されているんだろうなあ、なんてことを思わずにはいられませんでした。

前編・中編・後編の3部構成になっている「阪大教授が解説する量子力学と量子コンピュータ」は、図解入りで比較的分かり易く、一般人向けの動画になっています。
自宅で手作りできる量子干渉実験装置の作り方なども紹介されています。


以上、量子コンピュータ関連のYouTubeサイトを3つ紹介しました。
実際はもっとたくさんのサイトを視聴したのですが、いくら数多く視聴してみても、「量子の重ね合わせ」って何とも理解しにくくて、もやもやが残ります。
「量子の重ね合わせ」は見えないところで起こっていて、観測すると消えちゃう。
誰も見たことないけど、実験の結果から「量子の重ね合わせ」が在ると分かっている。
量子は「粒子でもあり波動でもある」と考える人もいれば、「粒子でも波でもない何かである」と考える人もいて、実のところよくは分かっていない。
とにかく量子とはそういうもんだと受け容れてください、ということなので受け入れるしかないのですが、、、そんなもやもやした量子で私たち人間も、世界も造られているって話ですね。

「線は、僕を描く/砥上裕將」私の知らない水墨画の世界

「線は、僕を描く」

著 者: 砥上 裕將 (とがみ ひろまさ)
出版社 ‏ : ‎ 講談社
発売日 ‏ : ‎ 2019/6/27
単行本 ‏ : ‎ 322ページ

第59回メフィスト賞受賞
2020年本屋大賞第3位!
「ブランチBOOK大賞2019」受賞!
「未来屋小説大賞」第3位
「キノベス!2020」第6位

先月、姉から薦められて読んだ本です。
メディアで話題になったということで、図書館でも貸し出し中が続いていて、年明けにようやく借りることができました。

著者の砥上 裕將(とがみひろまさ)さんは、1984年生まれの水墨画家。
水墨画の絵師さんが書いた小説というのは、とても珍しい。というより、水墨画というジャンル自体、現代では馴染みが薄いように思います。
ウィキペディアによると日本における水墨画の全盛期は室町時代だったらしい。全盛期は過ぎたとはいえ、現在に至るまでその技術・技法は伝統文化として継承されているようです。
私は美術の教科書で目にした程度の知識しかなく、学校で習った覚えもないので、未知の世界への好奇心を持って読み始めました。

粗方のストーリーを書くと、

主人公の青山霜介は高校生の頃事故で両親を亡くし、突然独りぼっちになってしまった。それ以来、大学生になった今も自分の心の内側にガラスの部屋を創りあげ、その中に自身を閉じ込めている。
ある日偶々水墨画の大家篠田湖山と出会い、半ば強引に弟子にさせられてしまう。そうして水墨画の修行が始まり、虚無の中にいた彼の生活が少しずつ変化していく。

といったところ。表現することで喪失感から立ち直っていく再生の物語という、どちらかというとありがちな構図なのですが、本書の読みどころはそこではない。
いや、そこだよ!っていう感想の声も多いと思いますが、私は絵師による指導と修練、その丁寧な描写に惹きこまれました。
いわば水墨画の指南書として、この本を読みました。

一本の線に水墨画特有の型があり、何度も何枚も描き続けてその技術・技法を習得していく。
一度描いてしまった線は消すことができない。描くスピードにも墨にも筆に含んだ水分にも、否応なしに左右されてしまう。
作品はいつだって下書き無しの一発勝負。「勇気がないと線なんて引けない」と言う。
一本の線を描くことさえどんなに難しいか、緊張感を持って伝わってくる。そんな水墨画の世界を描いた物語です。

講談社のウェブサイトに本書の紹介ページがあるので、興味のある方はそちらをご覧ください。水墨画に必要な道具や用語、著者からのメッセージなども掲載されています。

https://senboku.kodansha.co.jp/

実技の動画。必見です。

 instagram.com/yokotanji/

本書の表紙は、イラストレーター丹地陽子さんのイラストです。私はこの方のイラストも大好きで、時々インスタを覗いたりしています。