月別アーカイブ: 2014年11月

『山田利喜子 革の仕事展』-ギャラリーときどき-に行って来ました。

03当サイトでご紹介しています、皮革染色家・山田利喜子さんの『我が家de個展 ギャラリーときどき』に行ってきました。

まずは、山田利喜子さんの‘ウェルカムメッセージ’をお読みください。

letter
02
01

今回の個展はバッグが主役です。
トートバッグ、ショルダーバッグ、ハンドバッグ、クラッチバッグ、巾着袋など種類が豊富で、色・デザインも個性的です。

handbag01-1

私が気に入ったのは、洋梨のような形をした赤い小振りなハンドバッグです。

このバッグは持つ人を可愛く見せてくれそうな気がします。
私も、もう少し若ければ。きっと。

他のバッグについては当ギャラリーサイト『「皮革染色工芸」Rikiko Yamada』9点10点の作品を掲載しましたので、そちらをどうぞご覧ください。

 

 

 

slipper05ところで、売り物ではなかったのですが、玄関に用意された革の手縫いの、素敵なスリッパが目を引きました。
白なめし牛床革のナチュラル感がとてもさわやか。
履いてみると、とても軽いのに、足にフィットして、安定感があります。履き心地が良いのです。
形も一つ一つ異なり、革に直接パステルで落書き(失礼)したデザインもかわいい。
slipper01来年の夏には、以前ギャラリーセージで「二人展」をされた服飾デザインの押川 珠江さんとの第2回『ギャラリーときどき』展を開催する予定だそうです。
その時には、是非、このスリッパを販売用にも作って欲しいとお願いしてきました。

「山田利喜子 革のしごと展」ご案内

rikikoten

当サイトでご紹介しています皮革染色家、山田利喜子さんが個展を開催します。
今回は自宅がギャラリーとなります。

開催期間:2014年11月22日(土)~12月3日(水)

am11:00~pm5:30

「我が家de個展 ギャラリーときどき」

 

kawa2山田利喜子さんの2年振りの作品展になります。
以前、制作中の革のバッグを一部見せていただいたのですが、どれもクオリティが高く、個性的な作品ばかりです。
山田利喜子さんのギャラリーサイトもどうぞご覧下さい。

 

 

 

 

[mappress mapid=”13″]

 

通畠朋子さんのギャラリーサイトをリニューアルしました。

new-hanga当サイトのギャラリーでご紹介しています、銅版画作家 通畠朋子さんが、「第10回西脇市サムホール大賞展」で大賞を受賞されたのを機に、サイトのデザインをリニューアルしました。
リニューアルに伴い、通畠さんの過去の作品をたっぷり掲載しています。
通畠さんは、個展等において過去の作品を展示することがあまりないので、私も個展で目にしたっきり、二度は見たことのない作品がたくさんあります。
こんな素敵な作品を今まで紹介してこなかったなんて!と自分の怠慢さに腹が立ちます。

もっともっと多くの方に作品を観て、知っていただきたいと思っています。
リニューアルした「銅版画」TOMOKO・T・TORIBATTAを、どうぞご覧ください。

絶望名人カフカの人生論/カフカ・頭木弘樹翻訳

kafka

『絶望名人カフカの人生論』
(新潮社/2014/10/28)

カフカは偉大な作家です。
「現代の、数少ない、最大の作家のひとりである」とサルトルは言い、日本のカフカと称される安部公房は、「フランツ・カフカが存在しなかったとしたら、現代文学はかなり違ったものになっていたはずだ」と言う。
カフカ以後の作家や芸術家たちに大きな影響を与えた作家です。

私も若い頃、カフカの長編『審判』や『城』を読んで衝撃を受けました。
カフカの作品は、それまで読んでいた文学作品と呼ばれる小説とは、まるで違っていました。

何故か理由がわからないまま何かに振り回され、迷路のような世界をぐるぐると彷徨い、来た道へも戻れず出口も見つからないKの物語。
『審判』ではヨーゼフ・Kという名前がありましたが、後の作品『城』ではKとしか書かれていない。Kがどんな人物なのか詳細な説明もなく、記号のような存在の主人公。それは他人ではない私自身の物語のように思えました。
誰かの人生でない、誰かの恋愛や私生活や思想や哲学、夢や希望や苦悩、などではない物語です。

本書『絶望名人カフカの人生論』は、カフカの日記や、友人や恋人たち、父親などに宛てた手紙から、ネガティブなものを抜粋した断片集です。
例えば、恋人に宛てた手紙の中に、こんな文面があります。

「ぼくはしばしば考えました。
閉ざされた地下室のいちばん奥の部屋にいることが、
ぼくにとっていちばんいい生活だろうと。
誰かが食事を持って来て、
ぼくの部屋から離れた、
地下室のいちばん外のドアの内側に置いてくれるのです。
部屋着で地下室の丸天井の下を通って食事を取りに行く道が、
ぼくの唯一の散歩なのです。
それからぼくは自分の部屋に帰って、ゆっくり慎重に食事をとるのです。」

同じ恋人にはまたこんな手紙も送っています。

「ずいぶん遠くまで歩いてきました。
五時間ほど、ひとりで。
それでも孤独さが足りない。
まったく人通りのない谷間なのですが、
それでもさびしさが足りない。」

あるいは、日記にはこんな言葉が。

「ぼくが仕事を辞められずにいるうちは、
本当の自分というものがまったく失われている。
それがぼくにはいやというほどよくわかる。
仕事をしているぼくはまるで、
溺れないように、できるだけ頭を高くあげたままにしているようだ。
それはなんとむずかしいことだろう。
なんと力が奪われていくことだろう。」

引きこもり精神、孤独志向、ニート願望をうかがわせる言葉ですが、でも、これって本音のところでは誰もが心のうちにあることではないでしょうか。
え?そんなこと一度も考えたことはない?そう言えるあなたはとても幸いです。

まあ、でも実生活のカフカは、引きこもりでもニートでもなかったようです。
ウィキペディアの「フランツ・カフカ」などを合わせて読んでみると、カフカは「労働者傷害保険協会」という役所に8時から14時まで病気退職するまでずっと働き続け、真面目で有能な職員としてどんどん出世もしています。
午後の時間は小説の執筆にあて、「亡くなる前日まで作品の校正刷りに手を入れていた」そうです。
生涯独身ではあったけど、恋愛経験も数多く、心のうちを吐露できる生涯の友人、恋人もいました。
周囲の人の評判は良好で、物静かでユーモアがあり、「職場では常に礼儀正しく、上司や同僚にも愛され、敵は誰一人いなかった」という。
心優しく穏やかな人物の日常を思わせるようなエピソードもいろいろ残っています。

カフカのネガティブな言葉と、こういう実生活とのギャップが面白い。
もしカフカが今の時代に暮らしていたら、きっとツィッターで毎日つぶやき、『ツィッター名人』と呼ばれていたかもしれません。

《参考サイト》

頭木弘樹さんの著書『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』を紹介した記事
「光り輝くゲーテの言葉を、いちいち暗闇で塗りつぶすカフカ、文豪たちの絶望対話が凄まじい」